エレファントカシマシDB 管理人の日記 201408

30th ANNIVERSARY TOUR 2017

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『敗北と死に至る道が生活』その3515
 夏フェスのgoodsが発表された。Rock'n'roll Circus と言えばこれがすぐに思い浮かぶ。



恐らく上記を意識したものだろう。下のではない。


中学生のとき、こればっかり聴いていた。名曲だね。

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『敗北と死に至る道が生活』その3516
 30代の頃私はバカだった。
 
 今日、お昼にてんやで天丼を食べていた。武蔵小山商店街は老若男女とりみだれているので、昼間っからビールセットを頼む人もいる。天ぷらとビールがセットになったものだ。ビールを先に持ってきてもらうとビールを飲み終わった頃に天ぷらが出てくるので、「ビールは先にお持ちしますか?」と必ず聞いてくれる。
 
 隣の老夫婦にも聞いていた。「先でいいです」と答えていた。その後別の店員が「ビール先でいいですか?」と同じ人に聞いた。普通に「はい」と答えていた。
 
 それを見て私は思い出した。30代の頃私はバカだった。「さっき言っただろが」と答える行為を平然とやっていたのだ。「はい」と言えば済むだけのことだし、それによって腹が立つこともない。世間に腹が立つという人は腹が立つ行為を助長するようなことを自ら行っている。
 
 とは言え、人はおろかだ。仮に私が70歳まで生きたとして、今を振り返ると「あの頃私はバカだった」ときっと言うのだろう。そして人間が丸くなって最後のトゲが取れた時、人は死ぬ。だから世界はいつまでたっても未熟だ。

 誰にだって沢尻エリカのような時代がある。だから私は沢尻エリカを「人間らしくて好き」だ。対局に位置するベッキーを逆に不思議な人だと思う。

 今日の「あの頃の一曲」は FOREIGNER。こんなバンドをインターネットの無い時代にどうやって知ったんだろう。高校受験で買ってもらったダブルカセットデッキにリピートという機能がついたばかりに繰り返し聞いていた。リピートって言っても現代のように正確ではなくカセットテープの空白部分が長い箇所を「キュルキュル」巻き戻しながら自動的に探すという超アナログな方法だった。当時の技術者はこれはこれで面白がって作ったんだと思う。今はフレームワークと称した檻の中でしか命令が下せない、世知辛い浮世となって技術者の面白みは皆無だ。技術者をやめようかと思っている。


『敗北と死に至る道が生活』その3517
 斉藤和義のファンクラブを継続したら、継続グッズが送られてきた。今回はティッシュカバー。


今日のあの頃の一曲は QUEEN の Keep Yourself Alive。これでデビュー曲。とんでもないクオリティー。




『敗北と死に至る道が生活』その3518
 高校に入学したら、回りの友人関係から洋楽一辺倒になってしまった。ツェッペリン、レインボー。そんな中、私はこっそり見つけたバンド kansas を聞いていた。もちろん誰にも言わず。薦めず。このあたりからプログレッシブ・ロックとかいう方にのめり込んでいった。当時の仲間で流行っていた言葉「屈折」。世間で流行っていた言葉「根暗」。根暗と言われるといやだったが、屈折してると言われると嬉しかった。それ自体が屈折してる。





『敗北と死に至る道が生活』その3519
 七拍子って何だ。と思った。


『敗北と死に至る道が生活』その3520
 高校に入学したら、やたらサザンをすすめる奴がいて、何も言ってないのに録音してきて、聴けと言われたので、逆に嫌いになった。そして対局に位置する甲斐バンドにはまった。ってのは姉の影響。姉はさだまさしとNSPが好きだったらしい。NSPって多分誰も知らないと思う。

 甲斐バンドは新宿高層ビルでやった THE BIG GIG も行ったほど好きだったっけ。オンタイムでも知らなかった長岡和弘在籍の映像!YouTubeには貴重な映像がありますね。


『敗北と死に至る道が生活』その3521
  急にスカにハマったこともあったりした。日本で言うとスカパラとレピッシュ。決してジッタリン・ジンではなく。最近の話になってしまうが、「ジェットにんぢん」のGO!GO!7188も好きだった。






『敗北と死に至る道が生活』その3522
 高校時代。真面目に言うとヘビメタにハマっていた。厳密に言うと AC/DC はヘビメタではない(と思うがどうだろうか?)。アイアン・メイデンは確実にヘビメタ。エレキギターを始めた頃は [SMOKE ON THE WATER]と[STAIRWAY TO HEAVEN]は登竜門だった。





『敗北と死に至る道が生活』その3523
 「やさしくなりたい」と思う一方で、所詮やさしい人間にはなれないとも思う。元々が優しい人間ではないからだ。元々が優しい人間だったら「やさしくなりたい」と思うだろうか?優しくないから「やさしくなりたい」と思うのだろう。ということは一生優しい人間にはなれないし、仮になってしまったらそれは自分を失うということだろうか?誰もが仏のようになったとしたら、それはそれで気持ちの悪い社会ではないだろうか。
 
 よくわからなくなってきました。

 世代的に BOOWY と 尾崎豊は避けて通れなかったのでね。イカ天とか流行ってた。フライングキッズとか、たまとか人間椅子。特に好きだったという訳でもないけど。避けて通れなかった。避ける理由もなかった。同じタイミングでエレファントカシマシも借りてきたのは鮮明に覚えているが、当時の私には早すぎた。分かりやすいBOOWYを聞いていた。あの頃、エレファントカシマシの凄さに気が付かなかった私は一般人だ。反省。
 



『敗北と死に至る道が生活』その3524
 嫁がふなっしーくじのエコバッグが欲しいというので、たった1回挑戦してみた。船橋の実家に帰った船橋のコンビニで引いた。



思惑通りたった1回でエコバッグを引き当てた。こんなところに運を使いたくないものなっしー。


 RIJF2014 も無事終わったようで、クイックレポートからセットリスト洗い出しました。合ってます?
 
 高校生だった頃、サザン推しのやつがこれも薦めてきて、こっちは良かった。スプリングスティーンを知って人生とは家族とは親の背中とは。いろいろ考えさせられた。
 
 
 この曲に関して全く知識がなく、このYoutubeで聞いて、いい曲だと感じた方は是非対訳を日本語で読んで欲しいものだ。
 

 アメリカ国内にとどまらず、スプリングスティーンの流れで、いろいろなアーティストが派生した。スプリングスティーンチルドレンと言われている。ジャクソンブラウン、トムペティ、長渕剛、甲斐バンド、浜田省吾、佐野元春、尾崎豊、小山卓治・・・。もっともスプリングスティーン自体がディランズ・チルドレンなので、やっぱりボブ・ディランがいかに偉大かというところだ。


これ、うちらが生まれる前の映像ですよ。うちらって・・・。


『敗北と死に至る道が生活』その3525
 私が人生で衝撃を受けた曲は3曲ある。今後そんな衝動がある訳もなく(あるかもしれないが)、生涯のベスト3と言ってもいいだろう。
 
 1.ガストロンジャー / エレファントカシマシ
 2.LONDON CALLING / THE CLASH
 3.SMELLS LIKE TEEN SPIRIT / THE NIRVANA
 



 YouTubeという仕組みが出来上がるのを知ってたら、当時あんなに一生懸命ベストヒットUSAからクラッシュを VHS にコピーすることもなかっただろう。今となってはそれを再生する装置すらない。。。。

 THE CLASH からは冷たいロックというものがあるということ。当時「クール」なんんていう言葉は知らなかった。彼らのアルバムではいまでも[LONDON CALLING]の評価が高いが私のなかでは[SANDINISTA!]。(Amazonのレビューも評価高いですね。好きな人しか書いてないんじゃないだろうか?)CLASHの凄さは単なるパンクバンドで終わらなかったところだ。SEX PISTOLSなんか本当に中身が無かったが、クラッシュはすごかった。
 

 そしてロックもだいぶ熟成され、やり尽くした感が出始めた頃、ニルバーナが出た。ロックにまだ可能性があったことを証明してくれた。最近の ROCK IN JAPAN FES.は "ROCK" なんだろうか?パフュームが出始めた頃から怪しくなってきた。もちろんパフュームには何の罪もない。し、むしろ好きなアーティストではある。



 なんだよ甲斐バンド。クラッシュのジャケットパクリやがって!!

と思うけど、クラッシュ自体がプレスリーのパクりだっったりする。

こういうつながりを発見すると面白い。


『敗北と死に至る道が生活』その3526
 コステロとJoan jett The Blackhearts。これもよく聴いた。




『敗北と死に至る道が生活』その3527
 EKDBも明日からお盆休みします。とは言え掲示板の「承認」処理は随時行います。日記がしばらく途絶えます。宜しくお願いします。

 渋谷陽一が命名した「産業ロック」。友人にはバカにしている体でいたけど、家では密かに聴いていた。




『敗北と死に至る道が生活』その3528
 那須高原に行って来た。
 
 大丸温泉旅館。川全体が露天風呂になってて凄かった。食事もおいしく大満足。
 
 極上プレミアムチーズケーキ しらさぎを買ってきて自宅で食べた。高いだけある。
 
 南ヶ丘牧場のソフトクリーム。なめらか。


『敗北と死に至る道が生活』その3529
 やっと出る



The Clash の偉大さを(今更)お伝えするコーナー。







ジョーストラマー曰く「クラッシュは、床に落としたら壊れちまったって感じだ」であっけなく終わってしまった。


『敗北と死に至る道が生活』その3530
  馬鹿みたいにこればっかり聴いていた時期がある。YouTube張りすぎて重いのでそろそろ辞めようかと思う。





『敗北と死に至る道が生活』その3531
 何の気なしに買った pokka sapporo のグリーンシャワーがうますぎる。無糖炭酸でホップの香りがする。ということはホッピーの代わりになる。違うか。ホッピーより安い。ホッピーはなんで瓶なんだ。焼酎をこれで割って飲んだところ、うまかった。甘い焼酎割りは苦手だ。

 ホッピーって何だよ!というかたすみません。





『敗北と死に至る道が生活』その3532
 何の気なしに買ったイオンのフィッシュアンドチップスがうますぎる。電子レンジよりオーブントースターがおすすめ。マヨネーズとあえるとタルタルになる謎のソースがついている。

 なんだか呑んべのお勧めコーナーに成り下がっている。9月になったら本気出そうと思う。明日じゃねぇのかよ。


『敗北と死に至る道が生活』その3533
 武蔵小山温泉に行った。銭湯の料金で入れる温泉なので、だいぶ人気で混んでいた。普通に近所の銭湯に行けば良かった。土曜日なのでお父さんが1,2歳の娘をつれて入っていたのを、若い人がじーっと子供を見ていた。それを私はじーっと見ていた。気持ちの悪い人はいるもんだ。そんな私を誰かがじーっと見ていたかもしれない。

 「アナと雪の女王」を見た。評判より良いと思った。あ、評判良かったんだっけ。「どこが面白いんだ」という意見ばかり見たので。ありのままは、やっぱり「制御」があってこそだ。F1があんなに速く走れるのは強力なブレーキシステムを搭載しているため。美しい里山も手入れがなければ雑木林。教育は矯正。自由を履き違えるとキチガイになる。


『敗北と死に至る道が生活』その3534
 ワイドナショーの前園真聖の立ち位置が面白くて、立ってるだけで笑ってしまう。

知り合いの幼い娘は、どこで覚えてきたんだか知らないが、ガラケーの画面を一生懸命こすっているらしい。私が子供の頃は、せいぜい扇風機の前で「あー」という程度の遊びしかなかった。エアコンなんかなかったのに、楽しく暮らしていた。当時の気温を調べてみたら、さほど今と変わらない。暑さの質が異なるのか。地面が呼吸できてないのが原因だと思う。私も深呼吸を忘れている。限界集落へ行って深呼吸をしてこようと思う。


『敗北と死に至る道が生活』その3535
 柳沢慎吾が苦手だ。あなたもそうだろう。

 今日、元気のいい人が元気が無かったので気になった。とは言え話しかけもせず遠巻きに見ていただけだが。元気がいい人が元気が無いと目立つ。私のように普段から元気が無ければ元気が無くても普段と変わらない。逆に気をつけないといけないのが、急にはしゃぐことだ。尤もおっさんだからそんなことも、やりたくても出来なくなった。

 


『敗北と死に至る道が生活』その3536
 物事を比較するには単位を揃えなさいと教えられた筈だ。鉄1Kg と 綿1000g のどちらが重いか。時速3km/hのウサギと秒速10cmのカメはどちらが速いのか。芦田愛菜ちゃんと、あなたのどちらが賢いか。単位を揃えてから比較すれば一目瞭然である。
 
 そんなことはどうでもいいが、結構な勢いで21世紀である。だのにーなーぜースーツに白いベルトをしている人が職場にいる。見た瞬間「ヤバめな人だ」と思ったが、案の定ちょっとおかしい。スーツに白い靴下とか、スーツ姿で片手にバナナとか、スーツで海水浴とかやめて欲しいものだ。結構な勢いで21世紀である。


『敗北と死に至る道が生活』その3537
 私は昔「そんな話聞かされても困るから黙っといて」と平気で言うタイプだった。おかげさまで私に近寄る人は誰もいなくなった。誰にも干渉されないという状態はとても楽だ。

 そして大人になって丸くなった。しかし今でも思っている。「そんな話聞かされても困るから黙っといて」と。ただ言わなくなっただけだ。心の小さな人間である。間違っているのは分かっている。誰もが正しい方向に育つのが正しい状態とは限らない。


『敗北と死に至る道が生活』その3538
 新ジャガ!感動5連発 常識破り調理で新食感 : ためしてガッテン - NHKで見たけど、新ジャガは冷めてから潰すともっちもちだそう。熱い内に潰せという常識は保存ジャガの方。新ジャガを潰した「どったら餅」をコロッケにするとそれだけでクリームコロッケになるらしい。


『敗北と死に至る道が生活』その3539
 コピペが多すぎて元ネタが分からないので、私もコピペしてしまうのだった。


メキシコの田舎町。海岸に小さなボートが停泊していた。
メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。
その魚はなんとも生きがいい。それを見たアメリカ人旅行者は、
「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」 と尋ねた。

すると漁師は
「そんなに長い時間じゃないよ」
と答えた。旅行者が
「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」
と言うと、
漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。

「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」
と旅行者が聞くと、漁師は、
「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、
女房とシエスタして。 夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、
歌をうたって…ああ、これでもう一日終わりだね」

すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。
「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、
きみにアドバイスしよう。いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、
漁をするべきだ。 それであまった魚は売る。
お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。
その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。やがて大漁船団ができるまでね。
そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。
自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。
その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキシコシティに引っ越し、
ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。
きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」

漁師は尋ねた。
「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」
「二〇年、いやおそらく二五年でそこまでいくね」
「それからどうなるの」
「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」
と旅行者はにんまりと笑い、
「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」
「それで?」
「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、
日が高くなるまでゆっくり寝て、 日中は釣りをしたり、
子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、
夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、
歌をうたって過ごすんだ。 どうだい。すばらしいだろう」


働くってなんだろう。

フィンランド人は午後四時に退社するらしい

そうかと思えばこういう反論もある。現実的にはそうなんだろう。EUは人種が入り乱れて治安が悪い。パリもローマも悪さをする移民が多かった。


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