あやめちゃんを救う会

エレファントカシマシDB 管理人の日記 201009

30th ANNIVERSARY TOUR 2017

一番下へ

『敗北と死に至る道が生活』その2417
 日本は買えないけど JAPAN を買った。新曲は一旦セルフプロデュースしてから蔦谷さんに預けたということか。エレカシ濃度が高まっている。それでちょっと無骨なロックバラードに仕上がって丁度いい感じ。なるほど。

 JAPAN の伝統なのか、誘導尋問的に長い質問をしてアーティスト側が「はい」と言うことがある。渋谷さんよりは少ないけど。この年で他のアーティストを気に入るとちょいと面倒なのでエレカシだけ読んだ。というかエレカシがおいしすぎるので他のバンドに目移りしない。こういう雑誌を取っておくときりがないので捨ててしまった。じゃぁ立ち読みでいいじゃないかと言われそうだが、大人がした仕事に対してきちんとお金を払うのが大人の礼儀だと思う。

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『敗北と死に至る道が生活』その2418

「明日への記憶」のジャケット写真の場所を頂きました。



宮本さんは早朝の日比谷通りを大手町から日比谷に向かって歩いていて
和田倉門交差点と馬場先門交差点のちょうど真ん中です。
奥に見えるレンガの建物は岸本ビルヂングで手前の外灯の付いた建物は明治生命館になります。




 自分の評判を気にしている人ほど変な人が多いと思うのだが気のせいだろうか。

 そんなことはどうでもいいが、引越しの準備中。部屋が狭いので梱包した段ボールを移動しながら倉庫番のような生活をしている。倉庫番も進化して面白いことになっている。
 
Pushy
 
 嫁は全く面白くないと言っているが私は今これにハマっている。1個しか動かせないのと押すことしか出来ないというルールだけは同じだが、同じ色の池に落としたり、足跡をつけると物が動かせなくなったり、玉を持つと発射して破壊出来たり、雷を踏むとリセットされたり、すべる何かを踏むとぶつかるまで直線移動したり、一旦物を置かないと別の扉が開かなかったり・・・。置かないとドアが開かないくせに置くと邪魔で通れなかったりで、もどかしい。
 
 これを説明書なしで解らせながら進むマップ作りもプロの仕業だ。ごちゃごちゃした面より意外にシンプルな方が悩む。Level120越えたあたりからかなり難しい。ゲームや音楽や生活において、世界中でその道の人が日々努力しているから私達は便利で楽しい世界を生きることが出来る。


『敗北と死に至る道が生活』その2419
 「音楽と人」を買った。Japanよりミヤジの言葉が引き立っているのはインタビュアーが上手いからだろう。20代の方達には漠然と分かるのかどうかも判断できない年齢になってしまったが、エレカシ同年代の人たちはどうだろう。「京都にビルがあった」というのが非常に分かりやすかった。そんなの当たり前だというのは自分自身が大人になりすぎたのだ。日本中をバイクで旅していた頃はいちいち感動していた気がする。今では醒めた感じで日常が繰り返している。
 
 その大人になりすぎた自分を見つめてどうだと。福岡からの帰りのモノレールで私も同じことを考えていた。赤ん坊を背負ったお母さん。寝てしまった赤子の首が思いっきり後ろに行ってしまわぬようお母さん自身が前屈気味にしていた。それに比べて俺はどうだろう。何もしていないに等しいではないか。のほほんと福岡までライブを見に行き、博多ラーメンを食べ、活きイカの刺身を食べ、飛行機でうたた寝して帰ってきた。そして劇的な明日がある訳でもない。

 例えば娘が殺人事件の被害者になったり、逆に息子が加害者になったりしても親と言うのは、悲しみに打ちひしがれていながらも洗濯をしたり食事を作る日が遅からずやってくる。日々太陽は昇る。ハレとケで言えば人生の九割以上が「ケ」だろう。人生とはそういうものだ。外出すれば九割以上が「アスファルトの上」だ。だのに世のアーティストの多くが「ハレ」を歌っている。さぞかし海や草原の方が歌いやすいだろう。

 日常と年齢と自分自身と。そしてそれを俯瞰で見ているというエレカシワールドがたまらなく好きなのだ。あなたもそうだろう。


『敗北と死に至る道が生活』その2420
 松坂世代のみなさま今晩は。松坂慶子ですけどなにか?
 
 福岡の行きはJALで帰りがANAだった。JALは今までどおりドリンクサービスを行っていて、イヤホンも座席に一つづつ。ANAはお茶か水だけで、イヤホンは必要な人にだけ配っていた。どっちが国から支援されてるんだっけ?JALの危機感の欠如は私にさえも分かる。なるべく ANA を利用してあげたいものだ。しかし、ANAも上空1万メートルの国内線で生ビールを提供するなど意味のないことをやっていたりする。航空会社だけに迷走は困る。

 そんなことより先日のタモリ倶楽部でやっていた超合法建造物が面白かった。羽田周辺はすり鉢上にビルの高さ規制がかかっていて、上空から見ると羽田を中心に蟻地獄の穴のようになっているらしい。でも右半分は海だ。大田区、品川区のビルというのは海寄りほど低くなっているそうだ。3Dの地図で確認してみようと思ったが、引越しで箱詰めしてしまった。男は何かと地図を見たがる。


『敗北と死に至る道が生活』その2421
 引っ越すので「明日への記憶」PVが見られない。。。いずれオフィシャルの YouTube に出るだろう。新宿に続き渋谷の HMV もなくなり、タワレコは一見活気があるのだが、それはいつも火曜日の夕方に行くからであって、他の曜日だとまばらだ。
 
 職場の若い子に聞いたらやはりCDという媒体は買わないそうだ。「家でCDを聞く」という行為をしない。パソコンで1曲聴く(というより YouTubeで見る)、外でiPod を聞く。iPodに入れてしまえば媒体など不要だという考え方でなく、一度に10曲も入手することの価値観が無いらしいのだから事は深刻だ。

 私なんかの世代は「家で歌詞カードを見ながらCDを聞く」世代だ。すみません嘘をついてました。「家で歌詞カードを見ながらレコード盤を聞く」世代でした。そして昭和歌謡なら今でも歌える。さして好きでもなかった歌手の歌でさえ。あなたもそうだろう。

 アルバム1枚4、50分。今はそういうまとまった単位で音楽を聴くことはなくなってしまった。かつてニューミュージックと言われたジャンルの歌手が「たった1曲じゃ僕の世界観は理解できない」と言ってテレビを拒絶するのが流行り、ツービートに「だったらシングル盤出すな!」と笑い飛ばした時代が懐かしい。
 
 CD販売のピークはサザンの「TSUNAMI」かも。歌手というのは意外に儲からない職種になりつつあるのかもしれない。これではライブで人を呼べないと辛いだろう。フェス乱立と何か関係があるのだろうか。


『敗北と死に至る道が生活』その2422
 引っ越した。引越し先もやっぱりスカパーe2だった。解約する必要などなかったってことか。。。「明日への記憶」PVを見られた。素晴らしかった。きっと私たちと同じようにエレファントカシマシが好きな人が作ったんだと思った。

 まだ部屋が段ボールだらけだ。


『敗北と死に至る道が生活』その2423
 ZEPP ツアーだが、東京も大阪も行けないことになった。ので福岡だけ参加。。。予定。PAOに住所変更したいのだが、郵便番号が変わってしまうので来週まで待つことにした。


『敗北と死に至る道が生活』その2424
 今日HPのサポートセンターに電話したら自動応答音声風の声だったので黙っていたら人間だった。話しかけたらテープだったってのはあるけど黙ってたらヒトだったってのは初めてだ。
 あれはいつくらいだったろうか。全国ツアーをやると、即興のご当地ソングというのを歌っていた。「夕べは鍋を食べて~今朝はお堀をふらついた~福岡。福岡~。でも駅は博多」的なことをなかなかのメロディーとリフで歌っていたっけ。そりゃそうと「soul rescue」やってくれないか。
 今は日本だけがやばいと思っているからどんどん円高になる。円高を利用して世界中の油を買い占めればいいと思う。そうすれば欧米に「やばい。ちょっと円安に協力しよう」と思わせることが出来る。かもよ。


『敗北と死に至る道が生活』その2425
 夏も終わりか。子供の頃、夏休みといえば姉と2人で母方の実家に帰省していた。行くときと帰るときだけ両親が往復してくれたが、ほぼ一ヶ月間祖父と祖母が面倒を見てくれた。隣の家まで200mくらいあるが小さな集落になっていて、同様に遊びに来ていた同年代の子供達もいた。川や山で遊び、祖父は山に桑の葉っぱを刈りに行き、祖母は家事をし、蚕に桑の葉っぱをバラまくのを手伝ったりした。蚕と言うのは毛虫の一種であるが、毛が無いのでさほど気持ち悪くない。光沢の在る白い肌で頭が少し大きいので昔の新幹線に似ている。
 
 花火を買いに行くのも子供の足で片道1時間くらいだろうか。子供の足というのは花があれば花びらをむしり。木があれば登ってみてクワガタを探したりするので本気で歩けばかなり近かったのかもしれない。
 
 夕飯はあまり記憶が無いのだが、カレーは覚えている。たいしてうまくもないカレーに魚肉ソーセージが入っていた。そりゃそうだ。冷蔵庫がなかったのだから。肉など食べられない生活。魚は干物を車で売りに来る人がいてそれを食べていた。大人になって今、考えると祖父や祖母はカレーなど食べたことがあったのだろうか?孫達がいるからカレーを作ってみた。だから仕方なく食べていたに違いない。

 そんなとりとめもない記憶の夏。


『敗北と死に至る道が生活』その2426
 ちょい出かけてます。また来週。


『敗北と死に至る道が生活』その2427
 実家に帰ってきた。ついでに田中一村の展覧会に。つい最近知って衝撃を受けたからだ。波しぶきの絵が凄かった。「音がしそうな画風だな」と思っていたら前の女性が「匂いがしそうな桜が素敵」と言っていた。絵がウマイっていいな。とは言え本気でやったことがあるか。やってみようか。真面目に丁寧に書いたらどうなるんだろう。なーんて美術館に足を運ぶ度に思っている気がする。


『敗北と死に至る道が生活』その2428
 ZEPP ツアーは福岡だけ申し込んだが無事とれた。そして今日は渋谷のタワーレコードへ!

 見てきました。最初音が割れていたのでどうしたもんかと思ってみていたけど、控え室の様子などがわかりました。渋谷の会場は地下のライブ会場で、早めに入れれば椅子に座れたようです。正味45分くらいか。最後は「明日への記憶」のPVだったので正味40分か。全てブツ切り状態だったので初見の人には不満かも。

 そういやタワレコインストアライブはここで見たんだっけ。柱が太かった。ライブを見たときは柱の前だったもので。今となっては貴重な「ハローNew York!」。2002年の3ヶ月しか演奏されなかったんですね。なつかしや。

 iTunesでシングルをセットしても曲名がまだ出ないので明日取り込もうか。。。


『敗北と死に至る道が生活』その2429
 エレカシ絶好調に活動してますね。ただこれは我々がエレカシファンだからであって、通常の人がどれだけそう思ってくれるか。と書きながら読売新聞夕刊を見たら1面の片隅に広告が。。黄色地に黒文字で「エレファントカシマシ怒涛の三ヶ月連続リリース!!」と。営業もがんばってますね。



 ところでオフィシャルページが大幅に変わったようで更新チェッカーがうまく動かない可能性があります。通知が行かない可能性及び、テストしますので、不要な通知が何回か行ってしまったらごめんなさい。
 
 「通常の人」って・・・。
 改竄事件には驚いた。今時フロッピーディスクを使っていたなんて・・・。そっちかよ。
 
 改竄した人って本当にあの人なんだろうかという疑念もある。朝日新聞がスクープした割には各社詳細情報が早すぎるという勝谷氏の意見もある。一定層以上の人間は知っていて黙っていたとか。今時北朝鮮でもやらないようなことが日本で行われていたのだから、かなり思い処罰を受けさせたほうがいいと思うが、いかんせん改竄した人って本当にあの人なんだろうか・・・。

 引っ越して2日目で NHK が来た。会社の女子もつい最近引っ越したのだが、電気屋がテレビを持ってくる前に NHK が来たそうだ。早すぎてびっくりすると共に「テレビありません」ということが出来たそうだ。NHKに逃亡犯探させたら一発だ。っつうか逃亡犯知ってるけど受信料払ってくれるから逮捕させないのかもしれない。税務署と警察の関係にも似ている。少しグレーゾーンの仕事をしていても優良高額納税者なら税務署は知らないフリをするそうだ。もちろん収入源を減らさないために。


『敗北と死に至る道が生活』その2430
 パスタを茹でるときは思いっきり半分に折ってから茹でます。売ってる状態だと長くないですか?あれを鍋に綺麗にぱっと広げる宣伝があるが一気に全部お湯の中に落とし込んだほうが潔いと思う。湯船に浸かって顔出してるよなうヤツらを徐々にふやけるまで掻き混ぜて全部浸かるようにすると、足の方と頭のほうの茹で時間が違うような気がするのです。そんな秋です。人はきっと孤独。そんな今宵は「秋-さらば遠い夢よ-」を聞きましょう。
 
 「オフィシャル更新通知」機能をご利用の方に業務連絡です。

 オフィシャルページが動的ページから静的ページに変わったようなので、対応中です。 トップページを見ただけでは更新がさっぱり分かりませんね・・・・。結局 news のページをブックマークしてる人も多いのでは?

 動的とか静的というのは業界用語?なのだろうか。閲覧者が特に意識することではないが、静的ページというのは webサーバーに htmlファイルを置いてそれをブラウザが見に行くというもの。動的ページというのは webサーバーに htmlファイルはなく、アクセスが来たら webサーバーのプログラムが動作してその場で htmlファイル相当の情報を吐き出すというものです。

 最近流行のブログというものは動的ページです。発信者が htmlファイルの仕組みなんか知らなくても自分のページが持てるのはこのおかげです。昔は「ホームページビルダー」なんていうソフトもありましたが、今は業者が提供する web 上の仕組みに乗っかったほうが簡単ですね。

 静的が作り置きで、動的がお客さんが来てから作り始める飲食店のようなものだと理解して下さい。いいのか?そんな理解で本当にいいのか。

 何を言っているかさっぱり分からないってか。閲覧者が特に意識することではないので分からなくても心配いりません。ちなみにここのページは動的ページです。この日記も htmlファイルではなく、「データベースに登録された駄文を日付順に表示しろ」という命令を発行しているにすぎません。

 何がいいたいかと言うと、オフィシャルの更新内容が今までは簡単に拾えた(rssという仕組みで)ので、「x月xx日 JAPAN インタビュー掲載」などを更新通知に流すことが出来ましたが、これからは「何かしら更新があったみたい」という通知しか送れないことになりそうです。頭から読んでいって更新箇所を把握するようなプログラムを作ることも可能ですが、再度レイアウト変更があった場合にまた同じ作業が発生するので対応する予定はありません。


『敗北と死に至る道が生活』その2431
 朝起きたら無性に腹が減ったのでパスタを茹でたがミートソース的なものがなかったので、ごま油に塩を混ぜて食べたら意外にうまかった。

 天気が良かったので自転車で品川区役所に転入届をしてきた。東京には「自転車屋」というものがある。ぽつんとしたやつでなく、大型チェーン店っぽいやつ。別に自転車のチェーンとかけたわけではない。27インチの標準を買ったらサドルが低すぎて改造してもらった。自転車というのは止まると足がつかないくらいの方がこぎやすい。

 ついでに鮫洲の免許センターで記載変更をしてきた。暑くないので楽だ。ついでに二十数年前に勤務していた電気屋さんを尋ねたら日曜日は休みになっていた。その頃住んでいたアパートを見に行ったら道路になっていた。新幹線が見えるきったねぇアパートだったが、二十数年も経てば無くなってしまうのだ。銭湯も無くなっていた。思い出はなくならない筈だがあまり覚えていない。

 昼はミート矢澤のハンバーグを食べて、目黒のユニクロで長袖の部屋着を買った。目黒不動尊に初めて行ってみたが格好イイ。

 これじゃ単なる日記だ。


『敗北と死に至る道が生活』その2432
 「歩く男」コード譜です。

削除しました

 サビは甲斐バンド「感触(タッチ)」とコード進行が同じですね。経過音でつなぐと、どうしてもこうならざるを得ないので仕方が無い。


『敗北と死に至る道が生活』その2433
 独り言。

 若い人はベッドに寝ていると聞き、私も真似しようかと思っているが、なにせこの狭い部屋にベッドなど置いたら寝るところが無くなってしまうのではないかと危惧している。

 携帯電話で話すことはあまりないのだが、たまにかけるといつも「電話が遠いんですけど」と言われる。機種が悪いんだろうか。私は「必要なときに声が小さい人」と「必要でないのに声が大きい人」が嫌いなので普通に話しているつもりだ。そもそも遠いから電話で話しているのだ。
 関係ないがモンブランだけは安っぽい方がおいしい。昭和生まれなのですみません。

 ほほ骨が若干痛いのだが、どこへ行ったらいいか分からない。だからと言って、あても無くさまようのもどうかと思う。恐らく歯医者だと思うのだが、副鼻腔炎も少し疑わしい。だとすると耳鼻咽喉科なのだが、素人がそんなことを判断しなきゃならないなんて入り口から間違っていると思う。「その症状はこっち」と指示してくれる準病院的なものがないだろうか。総合病院はやたら人が多い。あんなところに行ったら病気をうつされてしまう。挙句に違う科に行けって言われかねない。ほぼ健康だからいいんだけど。身体が資本ならば何が負債なのだろうか。贅沢か。そうやって庶民の小さな喜びを奪い取る気か。二千円を越えるトンカツだってたまには食べたい。


『敗北と死に至る道が生活』その2434
 以前、キティちゃんのデザイナーでびっくりした話を書いたが、今日、本人を見かけてしまった。高木ブーが女装してんのかと思った。気になって「山口裕子 大崎」で調べたら勤務先だったので間違いない。大崎のダイエー的な店の喫煙所でタバコ、すぱ~ってやってた。夢も希望もまどろんでる甘く切ない絶望。。。。
 まぁどうでもいいか。今日オフィシャル更新通知が行ったと思いますが、「何も変わってないじゃん」と思われた方が多数だと思います。携帯版の方が変わってました。というか携帯の方しかチェックしてません。何故なら一発で更新場所が分かるページが他にないからです。こんなページお客さんに納品したら1日で作り直せって言われそうですけどね。同業者として首を捻ります。たとえ仕様書がそうであれ、客の立場に立って仕様書を突き返すくらいのプログラマーじゃないとね。私はそうです。
 
 ・・・にしてもせっかく対応したら携帯版もリニューアルとか。。。更新通知機能をやめてしまおうかと思いつつある今日この頃です。
 文庫本の「悪人」を読んだ。細かい描写がうまい作家だと思った。これから読む人のために言わないが残尿感的なもどかしさを残す結末で面白かった。悪人の本心はどっちなんだろう。。。
 管理職の人から「~は可能ですか」とメールが来た。お客さんから来たのなら分かるが、業界の仕事に携わっていて可能かどうかも分からないのだろうか?最後には「お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします」とあった。お客さんから来たのなら分かるが。。。それが私の仕事なのだからお手数かけるのは当たり前だ。手数かけるから給料が頂けるのだ。

 そもそもここまでへりくだってしまう人が多いから中国に対してあんな対応になるのだと思う。中国人は自分のことばかり考え、日本人は他人のことばかり考えている。と言われる。職場の中国人2名は大人しくて素晴らしい人だから一概には言えないが。

 「怒らないこと」を読んでから怒らないようにしていたが、「怒り」に対して1年後もそう思うか?そう思うのならそれは「怒り」ではなく、教育的指導だ。なんで管理職に対して教育的指導なんかせにゃならぬのだ。あーだめだ。これは「怒り」だ。ダライ・ラマの凄さが少しだけ分かった。そしてダライ・ラマがおとなしすぎるというチベット国内の僧侶の気持ちも。中国に対する反体制を推進する人にノーベル平和賞を贈り続けたらどうだ。


『敗北と死に至る道が生活』その2435
 頬骨が痛い件でナースの方からメールを頂いた。感謝とともに少しときめいてしまった。入院したことがないので余計に妄想してしまう。白衣の天使は傷つくもののみを助けるのだ。
 
 昼休み。会社から出てくる女性は小さなバッグを持っている。サイフや携帯以外に何が入っているのか知らないが。夢や希望が詰まっているのだろう。じゃなきゃそんなに持ち歩かない。
 
 一方男性はというとサイフや携帯をそのまま手にしている。これだけならいいが、タバコを吸う人はタバコにライター。私は吸わなくなったが、iPodと無線wifiを持つのである。携帯を胸ポケットに入れたとしても、他がちょっとした小荷物になる。こんな場合の男バージョンが確立されていない。スーツのポケットは使うなと思っているし、セカンドバッグなど持とうものなら、ちょっとした借金取りにしか見えない。通勤カバンを持ってでランチに行くと午後休だと思われるし。
 
 私はそんなとき小さなコンビニ袋に入れていく。昼時のオフィス街でスーツ姿にコンビニ袋。全く違和感が無い。今のところそんな解決策しかないのが大いに不本意だ。


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