エレファントカシマシDB 管理人の日記 200312

30th ANNIVERSARY TOUR 2017

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『敗北と死に至る道が生活』その463
サッカーで市立船橋がプロに勝ったらしいが、プロは『高校生に負けるわけにはいかない』という気負いとプレッシャーの中で戦うのに対して、高校生は負けて当然、勝ったら凄いという状況の中で戦うのだから、結果的にどちらが勝とうが驚くべきことではない。

エレカシは春にバトルオンだのバトルインだのやったが、結果的にミヤジが言うには『完敗したんですね』と言い切った。私から見ればエレファントカシマシはメインストリームに乗って戦うバンドではない。世間がもてはやすメインストリームとは一体何なんだろうか。私は非常にくだらない世界だと思う。エレカシが『普遍性』であるのに対し、メインストリームに乗っかるくだらねぇ奴らは『一過性』に過ぎない。逆に『一過性』を利用して儲けをあげている連中はまぁ大したもんだとは思うが。(少し前のつんくとか、もっと前の小室哲哉とか)

鮭が上流にたどり着いたらそこで終わりだ。たどり着きたいと必死に泳いでいる状態こそが美しいのだ。『エレファントカシマシin東京ドーム』。ありえない。『エレファントカシマシin新宿コマ』。お似合い。

エレカシには完敗し続けて欲しい。勝ってしまったら『勝ちに行こうぜ』とは言えなくなるのだから。

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『敗北と死に至る道が生活』その464
地上波デジタルがゆるゆると開始されたそうで、2011年には現行のアナログ方式のテレビは見られなくなる。見られなくなったらなったで、私は買い換えないかもしれない。デジタルがいかに綺麗であったとして、くだらないバラエティーなんか見たくもない。いちいち字幕の出る情報番組なども見たくもない。単にニュースを見る程度だったらアナログで十分だし、それが見られなくなるだけのために高いデジタル対応のテレビを買おうとも思わない。

むしろテレビとおさらば出来るいい機会だ。インターネットもあることだし、テレビを見ないような方向に時代は進むのではないか。古地図を持って散歩する人が増えるのではないか。そうなったらいいと思うが、絶対ありえない。ネプチューンを喜んで見ている人たちがいる限り。私はネプチューンに笑わせてもらったことが一度もない。


『敗北と死に至る道が生活』その465
爆笑問題の太田がこんなことを言っていた。5個のうち1個が外れのくじを順番に引く場合、最初に引く人が有利だと。最初の人は1/5の確率だが、次の人は1/4の確率、次の人は1/3の確率・・・とハズレを引く確率が増えていくからだという。

理論的なことを言えばどれも『1/5』だ。一方、田中は最初からみんな1/5だろうと言う。そのことに対して太田は田中は馬鹿だからそういう疑問を持たない、と逆ギレしていた。自分が間違っていて、正解している人に対して馬鹿だと言い切る姿はまるで自分を見ているようだ。

私も保育園に行っていた頃、100の半分は『55』だと思っていた。100の位を見ると半分は『50』で、10の位で見ると半分は『5』だから足して『55』だという理屈だ。だから正解が50だと知って半ばグレてしまった。10の位はゼロなのだし、はたまたじゃぁ1の位はどうしたんだと突っ込まれればそれまでだが。

正解が50だろうが、55だと発想出来る私は天才だと思い込んでいた。太田の気持ちはよくわかる。


『敗北と死に至る道が生活』その466
マイナスイオンには効果がないという説を唱える学者もいて、電化製品が発生する程度のマイナスイオンなんか気休めにもならないそうだ。私はそれを信じるかどうかは別として、マイナスイオンには効果があると思っていたから効果はあったのだと思う。

しかし効果がないという説を少しでも知ってしまった今となっては、きっと効果がないのだろう。『効果がない』という気持ちでいるからだ。『効果がある』という気持ちでいられたらきっと効果があるのだと思う。だから効果があるという説も正しければ、効果がないという説も正しく、また、この文章をここまで読んでしまったあなたは、今後一生『効果がない』と言い切れるだろう。クリックひとつで、えらいことに巻き込まれたもんですな。

科学的根拠なんかどうだっていいのだ。気持ちひとつでどうにでもなる。


『敗北と死に至る道が生活』その467
私の住んでいる周辺はドラマのロケが多い。さすがにキムタクはすごいオーラが出ていたが、きっとオーラと言う物は本人が出しているのでなく、見る人が勝手に出ていると思い込んでいるのでもなく、ドンキ・ホーテあたりで買ってくるんだろう。『魅惑のオーラ・350円(税別)』なんていう商品があるんだろう。

別の日には、松雪泰子に『邪魔だ』と言ってしまった。申し訳ないとは思ったが、そこは歩道なのだし私は急いでいたのだから仕方がない。芸能人だからって許されると思ったら大間違いだし、そんな私も一般人だからと言ってそんなに横柄な態度をとる必然性もなかった訳で、同じ人間同士なのだからもう少しまったりと生活したいものだ。

私の社長は車を買うとき、営業があまりにも低姿勢だったのでそこで買うのをやめたと聞いた。人間とは立場で人格をかなり作っている訳で、その営業の人と何の関係もなく、例えば電車で足を踏んでしまったらきっともの凄い勢いで怒り出す人かもしれない。

場所とか立場が違うだけで人間関係が上にも下にもなる。みんな所詮同じ立ち位置にいるはずだ。中間の位置をキープし続けるのも意外に難しいのかもしれない。私も反省ばかりしているが、その時の感情で一向に直る気配がない。


『敗北と死に至る道が生活』その468
円錐形は、遠目では三角に見えても真下から見たらまん丸なのだから、旅行に行ってその土地の感想を言うのは間違いだし、何万億通りもある表情の1つを見ただけなのだから、そもそも行ったことにはならない。行っても行っても行ったことにはならないのだから旅行に行くこと自体が間違っているとも言える。

我々はこの社会に生きていながら断片しか見ていない訳で、あらゆるものを体験したかのように、あれがどうで、あそこはこうで、誰それは意外に不親切で、あの店はおいしいとかいうこと自体も間違っている。

そんなことを言っていたら生きていること自体が間違っているのだから、死ぬしかないなんていう破壊的な結論に達しそうだからやめておいた方がいいだろうな。


『敗北と死に至る道が生活』その469
私は『そんなこと知ってるよ』と言われるのが大嫌いだ。知らないかもしれないと思って教えてあげたにも関わらず、たまたま先に知っていただけで、そんなに偉いのかと思う。こんな人にはもう何も教えないことにしている。知っているかもしれないからだ。知っていたらまた『そんなこと知ってるよ』と言われることだろう。

だから私が逆の立場の場合はつらい。知っていても知らないことにして話を合わせるからだ。私は何も知らない立場を演じるわけだから、いちいち初耳のような耳をして驚かなければいけない。相当の演技力を強いられている訳で、売れない役者よりも日々演技していると言えるだろう。何故ならば、売れない役者と比べるからだ。

相手が途中で『この話、前にしなかったっけ?』と言われると更につらい。明らかに前にされているのに知らないフリをしているのだから、相手から見れば単なるバカに見える。私は本当に何も知らない状態になりたくて、(映)映画も(TV)テレビも新聞も雑誌も(本)本も何も見ないことにした。うっかりしていると『全く流行った気配もない”毒まんじゅう”が流行語大賞を受賞した』などという(糞)糞の役にも立たない情報を知ってしまうからである。


『敗北と死に至る道が生活』その470
鼻をかんだあとのティッシュをじっと見つめてしまうということはないだろうか。私は少なくともないのである。

実家の部屋を掃除していたら、昔のカーナビのカタログが出てきた。CD-ROMナビの出始めのころのやつ。宣伝文句には『新しい地図情報は更新されたCD-ROMを交換するだけで書き換わります。また操作などのバージョンアップもCD-ROMで提供されるので常に新しい状態で使用することが出来ます』と。

ちなみに該当製品は製造終了。当然新しい状態で使用することは出来ない。『嘘つきじゃないさ。時間が過ぎただけさ。あぁ。涙こぼれて。ただそれだけ』。主流はDVDからHDDに移行している。当時は『すげぇなぁ』と思ったがハードウェアの進化と共に製品自体がなくなっている。そう考えると今、VHSテープを一生懸命DVDライブラリ化している人がたくさんいると思うが、DVDだって怪しいもんだ。10年後にはDVDから何か新しい媒体に移行しているかもしれない。DVDをせっせと別のメディアにコピーする。死ぬまでそんなことばかりしている。

何もかも捨ててしまえばそんなことしなくていい。私は手ぶらでハワイに行って、手ぶらで帰ってきたことがある。現地で海水パンツ、ビーチサンダルを買って使い終わったら捨ててきた。税関で荷物はないのかと聞かれるのがうざかったが。何もかも捨ててしまえば人生かなり楽だ。


『敗北と死に至る道が生活』その471
前から気になっていたソニッケアーという電動歯ブラシを買った。いわゆる電動でなく、超音波式。1万6千円だから庶民には手が届かないだろう。実際にもレジの奥にあって手が届かなかった。

ところで機械化するには大きく分けて2つの理由がある。1つは人間が頑張れば出来るが、長時間やると疲れるとか、ミスをするという可能性を機械に任せればいいという発想。もうひとつは人間がいくら頑張っても出来ないことを機械にやらせるという発想。

前者は回転式の電動歯ブラシで、後者は超音波式の歯ブラシだ。私はせっかく買うのだから人間が努力しても出来ないことを実現してくれる超音波式を買ってみた。

回転式や手で磨く場合、歯茎に近い部分をこすりすぎて歯の根元がやせてくる。本当は歯ブラシで『かため』なんていう商品は不要なのだ。やわらかめの歯ブラシを小刻みに動かすことが重要だ。ブラシする感覚でなく、スウィープする感覚だ。

超音波式は口の中に超音波が出るのでくすぐったい。2分で終わるが、手で磨く10分よりも効果が高い。歯ブラシでは届かない部分にも超音波が作用して歯垢をゆるくするらしい。もうシステマの超極細を歯茎のなかに突き刺さなくてもいいかと思うと刺激が足りない。しかしソニッケアーは明らかにいい。

私は歯に対して神経質で、歯は私に対してエナメル質だ。


『敗北と死に至る道が生活』その472
私は踏み切りで一旦停止しない。一種の交通違反である。踏み切りで一旦停止するとエンストの確率が増えるから危険なのである。

優先される状態を譲る人にむかつく。例えば小さな交差点は左からくる車が優先される。私が直進しようとしても、誰かが交差点の左から来たら、その車が行くまで私は待機しなければならない。

ところが、左から来たくせに止まってしまう車がある。そして、さも『私は親切です』みたいな顔をして、私に『どうぞ行きなさい』と手で合図する。これってどうよ?

私は車から降りて一言『お前がさっさと行けばスムースに行けるんじゃ。ぼけ!!』と言う。実際に言ったことはないけど。言いたい。

親切なんだか自信がないんだか知らないが、左から来て、『右の車に進路を譲る』という行為は一種の交通違反である。今度譲られたら警察に通報したいくらいだ。決められたことを守ることにより社会がスムースに回るのだから意味なく譲るな。ばかばかしい。


『敗北と死に至る道が生活』その473
昔ウルトラQとかミクロの決死圏とかで人間が小さくなる話があった。人間が小さくなれば食料が少なくてすんだり、空間を有効に利用できたりすると言われていた。だが、冷静に考えるとあれはちょっと面倒なことになる。

食料が少なくてすむと言うことは「人間だけ小さくなる」ということだろう。牛まで小さくなったら意味がない。牛は今の大きさで人間が小さくなるから牛1頭で何十人分もまかなえるという発想だろう。そうだとしたら、小さい人間から見たら牛は巨大な猛獣だ。とても飼育などできはしない。実際には牛肉さえも食べられなくなるのだ。これはかえって食糧難になるのではないか。

空間が広く使えると言うことは、「秋葉原から新宿」が「東京から静岡」くらいになってしまう。「東京から鹿児島」なんてのは「東京からブラジル」くらいの距離感かもしれない。だとすると小さい世界での「東京からブラジル」なんて想像も出来ないくらいの遠距離だ。人間が小さいのだから飛行機も小さいのだろう。「アホウドリ」と同じくらいかもしれない。どう考えても途中で落ちそうだ。いろいろ考えたら面倒なことが多すぎる。名案がある。地球も小さくすればいいのだ。


『敗北と死に至る道が生活』その474
うちのマンションのエレベーターは小さい。私が上から乗って途中から乗ってきた人と1階に着いた。操作ボタンの『開』を押して私が降りるのを待っている。顔見知りならともかく。広いエレベーターならともかく。

狭いエレベーターなのだから、あんたが先にさっさと降りてくれた方がよっぽど楽に降りられる。って言いたい。言ったことないけど言いたい。『あ、すみません』か何か言いながら降りてしまう。

それが親切だと思っているんだろうな。それをありがたいと思う人もいるんだろうな。全く同じサービスをされて快適に思う人もいれば、不快に思う人もいる。サービス業も難しい仕事なんだろう。私もSEというある意味サービス業に就いている。よかれと思ってやったことが違うのかもしれない。だから気を遣わないのもひとつの親切だと言えるだろう。


『敗北と死に至る道が生活』その475
北極が寒くて南極が暑いと思っていないだろうか。「南」は暑いイメージだ。私も小さい頃はそう思っていた。今はかなりでかいからそうは思わない。しかし何故北極には(ペ)ペンギンがいないのだろうか。同じような環境だろうに。

北極に(ペ)ペンギンがいないのは南極の(ペ)ペンギンが赤道を超えられないのが原因だ。「またげない」とか、そういった問題だろう。(ペ)ペンギンは短足なので、赤道をまたげないのだろう。南極に白クマがいないのは北極の白クマが赤道を超えるまでに黒くなってしまうからだ。普通の「単なるクマ(熊)」になってしまうからだ。「単なるクマ(熊)」が南極にいたら目立って仕方がない。

こういった問題はロッテがどうにかしてくれるだろう。きっとそうだ。ロッテが優勝したら片づくんだ。もっともロッテが優勝する方がよっぽど難しいのだが。


『敗北と死に至る道が生活』その476
上野動物園に行って来た。パンダはガラス張りの部屋に入れられている。

『オオアリクイ』は『アリクイが大きい』なのか『オオアリを食う動物』なのかどっちかだろうと彼女に問うたら『アリを大食いする動物だと思う』と言われた。やっぱり女性は考えることが違う。


『敗北と死に至る道が生活』その477
よりによって新聞休刊日にフセインがつかまったことより、ニチレイの冷凍食品に銅線がまぎれこんでいたという報道のほうが我々にとって死活問題だったことはいうまでもない。

うちにもニチレイの該当製品が2つあった。電話してみたら、中身は捨てて袋だけを郵送すると返金してくれるらしい。真面目に中身を捨ててしまった。おそらく食べても問題なかった程度の確率なんだろう。そんなせこいことで喉に銅線がささってもいやだし。
私は柑橘系が大嫌いなのだが、みかんはよく食べる。好き嫌いはよくないから無理をしている。好き嫌いはよくないからと言って『なまこ』を食べようとは思わない。何万何千とある食材の中から敢えて『なまこ』を選ぶ理由がよくわからないし、『なまこ』を食べないからといってお母さんに怒られることもないだろう。

そう考えたらピーマンが嫌いで怒られる子供はかわいそうだ。何万何千とある食材の中から敢えて『ピーマン』を選んで食べさせようとしている。体にいいからと言っても何万何千とある食材の中にはピーマンよりいい食材はいくらでもあるのである。だから好き嫌いでお母さんに怒られたら『お母さんは成虫になる前のカブトムシの幼虫喰えんの?』と真顔で問いただしてみるがいい。小一時間ほど問いただしたらいいさ。園児諸君。読めるかこのやろぅ。


『敗北と死に至る道が生活』その478
チケットがとれなかったり、元気がないときは『奴隷天国』を聴くといい。『生活』と『5』が比較的人気が高いようだが、私のイチオシは『奴隷天国』。ヘッドフォンしてボリュームを上げて『おまえはどこだ』を5回ほど聴けば『調子はどうだ』と聞かれて絶好調と答えざるを得ない。

エレカシの魅力はミヤジの力強い歌いっぷり。最近の音楽番組を見ていると腹が立ってくる。『もっと腹から声出して歌えないものか』と。男の歌を聞かせてくれるバンドがあって本当によかった。万が一エレカシという存在がなかったら私は今ごろ何を聞いているのだろうか。きっと産業ロックから産まれた使い捨ての甲高い声の音楽を聴いてそれが音楽だとでも思って生きているのだろう。それが悲しい事態だと言うことにも気付かず。

このページを見ている人はきっとエレカシファンなのだから、悲しい事態を回避出来た素晴らしいセンスの持ち主であることは私が保証する。何の効果もないが。

暮れの幕張のイベントに参加しない私は新宿コマまでお預けだ。


『敗北と死に至る道が生活』その479
もうすぐパナソニックのカーナビ付きダイハツ・ミラジーノが納車される。

DVD と MP3 が再生出来るらしいので、現在エレカシの全曲を MP3 化している最中。WMAなら全曲あるのに・・・。『夢を見ようぜ』がないので、『1998武道館ライブDVD』から『夢を見ようぜ』を MP3 にしてみた。せっかくなので手順を公開します。これを応用すれば『1998武道館ライブDVD』や『ライフツアーDVD』から全曲 MP3 に落とせます。ライブアルバムの完成。

左のメニューに『エレカシとWindows』というコーナーを設け、そこに入れておきます。(とりあえず今日はここをクリックしても行けます)

カーナビがあれば『さきたま古墳』に行ける気がする。ミヤジが言う武蔵野は埼玉なんだろうか。私の武蔵野のイメージは神奈川。っつうかJR武蔵野線。中山競馬場から府中競馬場を結ぶので関東では『ギャンブル線』と呼ぶ・・のは私だけだ。


『敗北と死に至る道が生活』その480
過去の新宿コマではどんな選曲だったのか、ちょっと調べてみようと『ライブ履歴検索』を作ってみたものの、『新宿コマ』は、セットリストが登録されていなかった(汗)。とりあえず左メニュー『Live分析』に入れときます。
色々なところにカメラがあって監視されている。アメリカやイギリスは本人確認出来るような仕組みを開発中。世界中が何かに怯えてしばられてゆく。プライバシー保護団体が猛反発。あなたはどうだろうか。

私は安全が高まるのならカメラに撮られていようが、空港で監視されていようが一向に構わない。プライバシーの侵害だなどと叫ぶ奴はきっと何かを企んでいるのだ。犯罪でもなんでもない映像を公開されたらプライバシーの侵害だが、そんなことには使われないだろう。芸能人なら使われてしまうかもしれない。私は一般市民で本当によかった。総理大臣にでもなってしまったら、ぶらり一人旅なんかできない。せいぜい頑張っても部屋の中で、ぐらりひと煮立ちで我慢するしかないのだ。


『敗北と死に至る道が生活』その481
お風呂はお湯を湯水のように使っているのでもったいない。使い終わったお湯は捨てるのである。使う前マイナス使った後イコール使った量とするならば、自分の皮膚に接している厚さ1ミリほどの部分が風呂のお湯として機能しているだけで、あとは無駄なお湯だ。そこんとこどうにかならないものか。


『敗北と死に至る道が生活』その482
こんなの作ってみました。SuperTagEditor用のタグ情報です。トラック名、アーチスト名、アルバム名、Track No、年号、ジャンルを一気に貼り付けるときに使います。また、CD,MD,カセットなどのレーベル印刷の雛型としても使えるようにしてみました。

必要な機能はいくらでも付け加えましょう。お申し付けください。では。


『敗北と死に至る道が生活』その483
慣らし運転も兼ねて『さきたま古墳』に行ってきた。ナビがあると便利だ。

『おまえでっけぇな』は恐らくこの『二子山古墳』。武蔵国では最も大きな前方後円墳。


さきたま古墳はいくつかの古墳が集まった古墳群。手前は馬糞。


吉見百穴。明治時代には30cm~50cmの小さい人の住処だという説もあったが、墓だと考えられている。


『敗北と死に至る道が生活』その484
だいたい日本という国は(宇)宇宙人とファーストコンタクトしたときにどうすればいいのかきちんと説明がない。
おそらく『そういうことは(旗米)アメリカがやってくれるから』と思いがちだからだ。宇宙人からみたら日本もアメリカもなく、『地球人』なのだ。そして、宇宙人とファーストコンタクトするのは、もしかしたら自分かもしれないってことを常に頭に置きながら生きていかないとだめだ。だからアメリカは(銃)銃をいまだに捨てきれないのだ。


『敗北と死に至る道が生活』その485
えー、ここで『新明解国語辞典』の意思を発表します。

単なる文字の説明および堂々巡りを極力排し、文の形による語義の解明を大方針とした

普通の辞書は例えばAという単語を説明するのにBという単語を使っていてじゃ、Bはと調べてみるとAという単語を使って説明されているということだろう。

本当なんだろうか?調べてみた。

他の一般的な辞典数冊調べたが全てこんな風になっていた。
【北】
方角の一。日の出に向かって左の方角。十二支を配するときは子(ね)の方位。
【左】
空間を二分したときの一方の側。その人が北に向いていれば、西にあたる側。


「北」の説明に「左」を使い、「左」の説明に「北」を使っている。これが新解さんの言っている「堂々巡り」だ。

じゃあ、新解さんはどうやって説明してくれるのであろう。
【北】
東に向かった時、左の方角の称。
【左】
1.アナログ時計の文字盤に向かったときに、7時から11時までの表示がある側。
2.「明」という漢字の「日」が書かれている側と一致。
3.人の背骨の中心線と鼻の先端とを含む平面で空間を二つの部分に分けたときに、大部分の人の場合、心臓の拍動を感じる場所が有る方の部分。

きちんと「左」の説明には「北」を使っていない。ここで安心してはいけない。もし「アナログ時計」の説明に、「左」という単語を使っていたら「堂々巡り」だからだ。念のため調べたが「アナログ時計」には「左」という単語は使われていなかった。

ところで新解さんの「左」である。何だ!この説明は。

1.の説明は大変分かりやすくて結構。時計じゃなくてアナログ時計。デジタル時計の7時から11時って言われても何のことだか分からない。

2.も分かりやすい。っていうか「1.」があるんだから、くどいとも言える。新解さんは「新明解国語辞典」だから「明」っていう字を使いたかったのだろう。

みなさんお気づきだろうが「3.」はぶっ飛んでる。「大部分の人の場合」っていうのがアナーキーでいい。
ごく一部の人は左側には拍動を感じないのか?

映画とか本等は最後の1行に伝えたいものが集約されている。新解さんの最後の言葉は何だろうか。「ん」の一番最後の単語の説明だ。それは「かくれんぼ」だった。

私の好きな単語を調べてみた。
たび 【旅】

一般的な辞典
住んでいる所を離れてよその土地へ出かけること。名所旧跡を訪ねたり、未知の場所にあこがれて、また遠方への所用のため、居所を離れること。旅行。「―に出る」「かわいい子には―をさせよ」

新解さん
差し当たっての用事ではないが、判で押したような毎日の生活の枠からある期間離れて、ほかの土地で非日常的な生活を送り迎えること。

私がいう「旅」とは新解さんの言う旅と一致している。「判で押したような毎日の生活」と「ほかの土地で非日常的な生活を送り」の部分だ。新解さんとは友達になれそうだ。

なので新解さんと会話してみた。

私「こんにちは」
新「日中、人に会ったり人を訪問したりする時の挨拶語」
私「元気?」
新「進んで物事をやろうとする気力」
私「さよなら」
新「さようならの短呼。野球で最終回の裏に点が入り、それで勝負が決まること」
私「さようなら」
新「『そういう事情でありますならば、これでおいとまします』の意を含めて、別れを告げる挨拶」

今日から私も新解さんのような受け答えでしばらく暮らしてみようと思う。

こんな具合だ。

誰か「一番好きな食べ物は?」
私「あなたのおっしゃる意味は、動物が生命を維持するのに必要な穀物・野菜や肉などの集団に属するものを、性質・品質などの価値基準に従って評価した時に、ほかのどれよりもすぐれているので理屈抜きに心が引きつけられている様子になる食材は何かと尋ねられているのですね?」


『敗北と死に至る道が生活』その486
(本)本屋の本は探しにくい。あれはどういうつもりなのだろうか。作者別に分けられているが、それは出版社・作者別である。私は川端康成の『掌の小説』がどこの出版社から出されているのか知らない。題名と作者が分かっているにも関わらず、「先ず出版社」を知らなければならない。だから各出版社のところに行き、片っ端から「川端康成」を探さないとだめだ。これは一体どういうことなのだろうか。

図書館の方が優れている。図書館は出版社という区別は無かった筈だ。気になったので紀伊国屋で聞いてみた。
「なんで作者毎に並べないんですか」
(となりの若い店員はうなずいていた。同感なんだろう)
「出版社で買いに来るお客さんもいるので・・・」
「在庫管理がし易いので」

出版社で買いに来る客より作者で買いに来る客の方が多いと思うのだが。これは恐らく店側のエゴである。在庫管理の問題だけだろう。分からなかったら聞いてくれと言われたが、バイトの店員に探して貰ったら「無い」と言われた本を自分で見つけてしまったことがある。どうにかならぬものか。


『敗北と死に至る道が生活』その487
それはまさに矛盾するようだが彼は激烈なる変化を求めていなかったのではないか?

むしろ周りの人間が変化しすぎて自分は何も変わっちゃいないのに、なんで売れたら手のひらを返すようにもてはやすのだろうと思ったのではないだろうか。「俺は何も変わっていない」「ちっぽけな存在だ」だった筈なのに。ある日突然ミュージックシーンの寵児となりニルバーナという名前だけが歩き始めた。

俺達のニルバーナが手の届かない存在になりはじめた。それが、橋の下で暮らしていたときに白目で見られていたあの目と同じ目が今度は全く違う目で見られている。世間なんてこんなもんなのか。情熱が冷めていく。世間が盛り上がれば盛り上がるほど彼は冷めていく。ステージ上で自殺めいた行動を取るようになる。

そして運命の1994年4月5日彼はショットガンで自分を殺してしまった。

ロッカーの生き様は壮絶である。ロックバンドの動機付けなんてハングリー精神とか大人社会への反抗精神とか何らかの不満から生じる場合が多い。そしていざミュージックシーンに出るとお金は手に入るし、周りからはもてはやされ少しぐらいのわがままは通ってしまう。そこで人はおぼれてしまう。そうやってダメになってしまうミュージシャンは沢山いる。

純粋であればあるほど尾崎豊やカート・コバーンのような運命をたどってしまう。自分が大人になってどうするか。「妥協できる」ということは果たして大人なんだろうか。


プロフィール登録されている『ゆうみ』さん。オフィシャル更新通知メールが戻ってきてしまいます。(ここ2、3回)。登録メールアドレスの確認又は通知停止を御願いします。


『敗北と死に至る道が生活』その488
明日以降管理人不在となります。多分仕事始めあたりまで更新が途絶えます。探さないで下さい。

多くの人には関係ないですが、私が作った『★アルツ』が株式会社インプレス発行の『DOS/V POWER REPORT 2004年3月号(1月29日発売予定)』に掲載されることになりました(V)。自作ソフトが雑誌に掲載されるのは5回目くらいだが、まともな雑誌に載るのははじめて。何をもって『まとも』かと言うと、紹介されているソフトが多すぎる雑誌はまともじゃない。例えば『フリーウェア1000作品掲載』など。多ければいいというものではない。編集社のほうでもっと厳選してくれよってな感じだ。

『★アルツ』の裏技。右クリック禁止のページ(新生銀行のログインページなど)は、必殺『左右同時クリック』で回避出来ます。『右クリックは使えません』などというページがあったらやってみるべし。『左右同時クリック』で右クリックメニューが出ます。


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