あやめちゃんを救う会

エレファントカシマシDB 管理人の日記 200303

30th ANNIVERSARY TOUR 2017

一番下へ

『敗北と死に至る道が生活』その208
昨年末あたりからご飯を1日あたり1合にした。以前は1.5合食べていた。そしたら最近太ったとよく言われる。私は太ると顔に出るタイプだ。たまに鼻から出たりもする。

減らしたのに太って見えるとはどういうことだろうか。私の勘では体が『この人食事が減った -> 今後も減るかもしれない -> だったら脂肪に換えて蓄えておかねば』という独自の理論を展開したのだと思う。満腹に食べていれば『この人の食生活は十分だ -> 今後も大丈夫だろう -> だったら余分なものは排泄してしまえ』という独自の理論が働く筈だ。とどのつまりは満腹に食べていた方が貯蓄が少なくて済む。という独自の理論を展開したのだと思う。体って馬鹿だ。

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『敗北と死に至る道が生活』その209
関西発の『みっくちゅじゅーちゅ』なる缶ジュースがある。私が働くオフィスの自動販売機にもそれが入っていた。ボスの缶コーヒーと対等に110円だ。なんぼのもんじゃいと言ったところで110円。そして大の大人が『みっくちゅじゅーちゅ』を飲んでいる。ましてや深刻な打ち合わせの席にも『みっくちゅじゅーちゅ』を片手に出席している。それでいて『このシステムはLAMPで開発したらいいんじゃない・・・』などと訳のわからないことを言っている。LAMPとはおそらく Linux + Apache + MySql + PHP のことだろうか。

でもやっぱり『みっくちゅじゅーちゅ』を横に置いてそんなこと言っても説得力のかけらもないのである。いっそのこと『りなっくちゅでまいえちゅきゅーえるちゅかえばやちゅあがりばぶぅ』くらい言えっつうの。


『敗北と死に至る道が生活』その210
大阪の方から『みっくちゅじゅーちゅ』が東京にもあることについて知って驚いたというメールをいただいた。んー。どうなんだろう。あまり一般的に出回ってはいない。例えば街を歩いていて『みっくちゅじゅーちゅ』が売られている自販機に遭遇する確率はサイコロを6回振ってハートのエースが出るくらいの確率である。

しかるに私は『ペヤング』が全国にあるのかと思って育ってきたのだが、意外に『ペヤング』の販売地域が狭いということをつい最近知った。自分の地域で当たり前に存在するものは他でも当たり前に売られていると思いがちだ。ましてや東京だ。

『ペヤング』とはカップ焼きそばであって、これを食べたら日清UFOなんかどっかに飛んでいってしまうくらい関東では定番なのである。よりによって『ヤング』に『ペ』をつけていることによりかなり間抜けだ。嘘だと思ったらあなたもおでこに『ペ』と貼って歩いてみるがいい。

福岡の『ごぼ天うどん』なんか誰からも見向きもされない。ところがこの『ごぼうの天ぷら』と『うどん』という至ってどーってことない食材同士が手を組んだ瞬間にそれはフランス料理に匹敵するくらいの格付けとなる。ちなみに私はおいしいフランス料理に遭遇したことがない。

話の流れからこうなってしまったが『ごぼ天うどん』は本当にうまい。しかるに『ごぼ天』でご飯喰ったらもっとうまいに違いない。しかるに?


『敗北と死に至る道が生活』その211
例えば趣味は?と聞かれて『盆栽です』と答えるよりも『バンジージャンピングニーパッドです』と答えるほうが幾分か人生に手ごたえが出てくる。『バンジージャンプ』かと思いきや『ニーパッド』までついている。『バンジージャンプ』をしている最中に『ニーパッド』が出来るかと問われればまぁまぁだと答えざるを得ないのが大いに不本意ではあるが。


『敗北と死に至る道が生活』その212



なんだったんだろうか。今までの苦労は。DEAD OR ALIVE だが Media Player で認識出来た。ってことは wma 形式で簡単に GIGABEAT に落とせるということだ。やっぱり東芝同士。考えていてくれたのだ。



林檎も東芝。
なんて関係ないか。非合法なのか。これ。個人の範囲だからいいだろう。自分で買ったCDを GIGABEAT で聴いて何が悪いというのだ。
ところで曲名とかが出てくるってことはどういうことだろうか?

やりかたは Google で 『CCCD セロテープ』で検索してみて下さい。


『敗北と死に至る道が生活』その213
『(猿)サルでも分る・・・』とか『(犬)イヌでも分る・・・』とかならいいが『あなたでも分る・・・』と言われたらちょっとキレ気味になるのはなんでだろう。ましてや『貴様には分るまい・・・』なんて言われた日にゃなんでだなんでだろう。テツandトモがブレイクしているのもなんでだろう。どっちかが同棲発覚と聞いた。全くどうでもいい芸能ニュースだ。そもそもブレイクしているのかどうかも怪しいのだ。国民全員が仕掛けた大掛かりな『どっきり』にしか思えないのは(音)なんでだなんでだなんでだなんでだろ~。あほらし。

私は『くずのレコーディングに甲斐よしひろ参加』という方が気になったのだ。


『敗北と死に至る道が生活』その214
なにげなく遊びで月別推薦曲というページを作ってみた。今月は3月なので3月が初期値として表示される。春っぽい曲とは管理人が勝手に決めたことだ。夢のちまた、上野の山、四月の風、月夜の散歩。単純に歌詞に『春』が含まれる曲で検索すると『青春』まで検索されてしまうからやはり人間が見ないとだめみたいだ。

それとは別に3月に発売されたシングルというのも直接的ではないにしろ季節感があるかと思い表示してみた。デーデ、曙光、戦う男。孤独な太陽は別としてかなり勢いがある。3月いくぜ!という感じか。デビューアルバムも3月だ。

翻って9月を選んでみれば、晩秋の一夜、流されてゆこう、昔の侍、秋-さらば遠い夢よ-。やはり9月だ。9月には『生活』も出ている。やはり9月だ。今の9月はそこそこ暑いが、秋から冬に向かう意識だけはお洒落感覚と共に持ち合わせている。

しかし『浮世の夢』が8月発売だったとは。あきらかに春っぽいアルバムではある。曲作って売り出すまでに半年。それを見越して冬に夏の曲を作るのも嘘臭いし。こうなると曲だけ作って、ライブで洗練させてから歌詞を載せて発売ってのは正解なのかもしれない。もっとも発売して年月が経てばどーだっていいことだが。

なにげない遊びでここまで読める。

月別推薦曲


『敗北と死に至る道が生活』その215
私は幸いなことに花粉症ではないが、杉の花粉は馬鹿だ。人間の鼻を花だと思っている。受粉されにきているのだ。花粉の考えることはよく分らない。『風に流されている』という段階で既にだめだ。自分の意思というものが微塵も感じられない。そうかと思えば微塵ほど小さい。一体何なんだろうか。殆どが受粉できずに下水に流されてゆく。春だ。


『敗北と死に至る道が生活』その216
先日新聞を読んでいたら、(音)クラシックの演奏会で演奏が終わったらいきなり(W)拍手をする人がいるので余韻が味わえないという記事が載っていた。海外では考えられない事態だという。もし海外でそんな行為をしたら演奏者に対して、終わったらさっさとステージを降りてくれ。という意味にとられるらしい。

私が気になるのは掲示板やメーリングリストで『はずしてたらごめんなさい』とか『既に知っていたらごめんなさい』と書く人のことだ。下手に出ているので悪いことではないが、あまりにも気が小さすぎる。『はずしている』とか『知っている』というのは見る側がそう思うだけであって書き込む人はどんな人が見るか想定できない。知らない人には有益な情報だ。普通に書き込めばいい。

問題は『知っている人』のなかで『そんなの知ってるんだよ』とおおっぴらに言う人がいるということだ。知っているのだったら黙っていればいい。誰だって知らない時代があった筈だ。

『クラシックの演奏会で演奏が終わったらいきなり拍手をする人』が何故いきなり拍手をするのかというと、終わりを知っている。つまりその曲を熟知しているということを他の観客にアピールしたいからだと考察されていた。つまらない見栄だ。私は何か聞かれても常に『知らない』と答えることにしている。おかげで最近は誰からも何も聞かれなくなった。風通しがいいのである。

とはいいながらもトリビアの泉で全く役に立たない情報をせっせと仕入れているのも事実だ。かたじけない(汗)


『敗北と死に至る道が生活』その217
私はあまり外食をしない。面倒だからだ。行くのが。でも家でほうれん草を茹でたり、ハンバーグを作ったり、クラムチャウダーを作ったりする方がよっぽど面倒なのである。しかも一人分ともなると材料やら水、ガス、電気、後片付け、などなどを考えると外食した方がよっぽど安上がりなのである。

あなたにはきっとお気に入りの外食屋があることだろう。私が唯一心を許したファミリーレストランがある。『ジョイフル』という関東地方では滅多に見られないファミリーレストランである。ここのペッパーハンバーグはものすごくうまい。油が塩味だ。牛肉だかなんだかはっきりとは分らない。しかしながらハンバーグをナイフで切ると肉汁のような油が白々しく滲み出てくる。その美味さといったら他の追随を許さないのである。マルシンハンバーグをものすごく美味くした感じだ。

私がアルバイトをしていた鮨屋はネギトロを作るのに赤身にラードを混ぜてミキサーにかけていた。ニセ中トロ状態だったが本物より美味かったのである。しかるに本物がうまいとは限らないのである。フランスでは日本のカニかまぼこが絶賛されているとも聞く。

『ジョイフル』の本社は大分県。九州地方では猛威を振るって繁栄している。九州に行かなければ食べられないのかと思っていた矢先、私の実家近く(船橋)からぶらぶらドライブした所(千葉県の多分印旛郡白井)に存在することが判明したのである。以来私は実家に行くたびに外食をするというなんだかよく分らない人生を歩んでいる。


『敗北と死に至る道が生活』その218
私が死んでも親が困らないように保険の証券番号や銀行の口座番号、それらの連絡先情報を紙に書いて残している。死んだら貰えるはずの保険に対して毎月自動引き落としして逆に払ってしまうという訳の分らない事態になってしまうからだ。自動は勝手に続くので困ったもんだ。本人死んでるのに。だったら真っ先に銀行口座を解約することだ。

ふと気になってシティバンクに電話してみた。本人が死んだらどうしたらいいのか。基本的には『相続手続き』になってしまうらしい。となると相続税がかかるということだ。

となると本人が死亡したなんてことは伝えずに、本人が生きているフリをして普通に引き出す方がいい。シティバンクのオペレーターに『本人が生きているフリをして家族が普通に引き出す方がいいんですね』と問い合わせたところ『こちらではなんとも言えないです』とのこと。立場上言えないのも無理は無い。

みなさんも暗証番号をメモしておいて死んだら開いてくれるように親族に伝えておくべきだ。ただし親族が信頼出来る場合に限る。しかし信頼できない親族っていやだな。一番たちが悪い。

しかし『本人が死んだらどうしたらいいか』などという電話を本人から尋ねられたシティバンクのオペレーターは、さぞ気味悪かったことだろう。私が一番たちが悪いのだ。かつ長生きをしそうな気配だ。


『敗北と死に至る道が生活』その219
ベッカムの子供は誘拐されても居場所が分るように発信機を埋め込まれている。なんだか生態研究用の海ガメみたいだ。

DNAによるコンピュータが実際に開発されたそうだ。スプーン1杯でスーパーコンピュータの10万倍の処理能力。エネルギーはたんぱく質。電源いらずだ。スプーン1杯ってところが生々しくていい。

発信機に代わる何かをDNAで出来ないものだろうか。人体をDNAレベルで宇宙から識別出来るような仕組み。そうすれば誰がどこにいるか分る。ビンラディンだってキムジョンイルだってどこにいるか分る。そして特殊な信号を送れば暗殺出来るような仕掛け。その信号は国連加盟国の過半数を超えた首脳陣が同時に押さなければ作動しない。

戦争なんかは原因となる芽だけつめばいいのだ。


『敗北と死に至る道が生活』その220
飢餓は人の命の価値を下げる。明日どうせ飢え死にするのだったら繁栄した国を破壊してから死のうと思う。だから繁栄した国はせっせと食糧支援する。

結局戦争なんてのはつまらない意地と見栄のけんかに過ぎない。北朝鮮がミサイルを飛ばしているのもアメリカにちょっかいを出して構って(支援して)もらいたいからに過ぎない。やっていることは幼稚園児と変わらない。子供の怖いところは加減を知らないところだ。

昭和40年代以前なら必ず大人が叱ってくれて、子供にとってはいやな奴なのだが、叱ってくれるという行為は成長過程で必要なことで、今の子供達には叱ってくれる人がいない。だからちょっと妙な精神状態のまま大人になってしまう。

戦争が無い平和な世界なんてのは誰もが理想とするところで、残念ながら現実問題としては戦争は必要だ。日本は次のステップである北朝鮮を睨んでのアメリカ同調は致し方ないところだ。

戦争反対と叫ぶ人たちだけを集めて火星に住ませてもきっといつか戦争が始まる。世代交代すればいつかそうなる。あのジョンレノンだって射殺されたのが現実だ。花なんか咲いてたら踏み潰して行け。戦争の目的は『平和』なのだ。


『敗北と死に至る道が生活』その221
マックのCMが流れると私も三味線が弾きたくなる。

こうは見えても私は津軽三味線を弾く。じょんがら節をかじる程度だが。津軽三味線は音の粒の嵐といった感じでパラパラ感があってよい。ダウンストロークした後にトリルを一発かまし、アップストロークのときにも一発かます。これを連続するから『パラパラパラパラパラパラ』という非常にきめの細かい粒となる。しかもダウンストロークと同時に本体となっている太鼓を叩くからドラムの音まで入る。

真ん中辺りを叩けば低い力強い音がし、端を叩けば高いカツカツした音が出る。うまい人はダウンストロークの時に微妙に当る位置を変えてこの音を変えていく。高いカツカツした音が徐々に低い力強い音に変わってゆくグラデーションの効いた演奏を生で聞くと鳥肌が立つ。

しかも津軽三味線には機械式のディストーションがついているのだ。わざと弦に微妙に当る金属片を調整することにより音が割れるのだ。これで独特の『べべぇ~ん』という音が出ている。

語るのは簡単だが弾くのは難しいのだ。


『敗北と死に至る道が生活』その222
「マヨネーズは腐らない」と聞いたことがある。3ヶ月直射日光の窓際に置いたマヨネーズも腐らないそうだ。敢えて大腸菌を混ぜてみたら数時間で大腸菌が消滅してしまった。凄い殺菌作用だ。どうりでキューピーちゃんが何十年たっても裸で居られる訳だ。キューピーちゃん、酸っぱいんだろうな。いろんな意味で。

 私は回転寿司の「ツナマヨネーズ」が意外に好きだ。私がよく行く回転寿司は一皿130円均一なので、つい「はまち」を選んでしまう。どうやら無意識に「おいしいもの」よりも「お得なもの」を選んでしまう傾向がある。「玉子」も取ったことがない。「玉子」取ったら何か損した気分になる。「なす」も取ったこと無い。かと言って最初から最後まで「はまち」を取る勇気もない。まぁ回転寿司で勇気など微塵も必要無いとは思うが。


『敗北と死に至る道が生活』その223
三月だってのになかなか暖かくならない。こうなると『両親の葬式はやっぱり長男がスピーチすんじゃないか』と思ってどうしようかなぁと考えることがある。そんな両親はいたって元気であるけれども。今度目の前で練習してみるか。なんて親孝行なんだろう。

伊東家の食卓で「貝柱の上手な取り方」をやっていた。私はこの番組をたまにしか見ないのだが、見るたびにこの裏技を紹介している。庶民の皆さんはそんなにしてまで貝柱を食べたいのだろうか。私はそうまでして貝なんか食べない。貝塚で見られる貝殻に貝柱など一つも付いていないことから原始人は既にかなり高度な裏技を持っていたことがうかがい知れるのだ。


『敗北と死に至る道が生活』その224
私が昔組んでいたバンドの名前は非常にくだらない。『百姓一揆』『参勤交代』『米騒動』。当時は非常に面白かったのだが、ある程度社会人になって音楽好きの人に聞いてみると、みんなそんな感じだったという。

そう思えば『エレファントカシマシ』。なんて素晴らしいネーミングなのだろう。映画『エレファントマン』と『かしまし娘』を合わせたとか。名前なんかどうだっていい。とは言いながらもやっぱり『百姓一揆』じゃ駄目な訳でネーミングとは非常に難しい。


『敗北と死に至る道が生活』その225

えーっと、トリビュート盤『花男』ですが買いました?どうですか?

私もとりあえず買ってみましたが、ミヤジの声に最大の魅力を感じている私にとってトリビュート盤『花男』は非常に難しい位置付けになっています。

という訳で投票システムを作りました。今までのような1曲選ぶ形式ではなく、全曲に対して点数を付け、それぞれの曲にコメントがつけられるようにしました。また E-mail,パスワードを入力しておけば後日変更が出来るようにしました。聞き込むうちに評価が変わるってことはよくあるからです。恐ろしいことに『0点』という評価もあります。やってるバンドにとっては非常に怖いシステムになる恐れがありますが、本人たちは見ないでしょう。他のファンの方々がどういう評価をつけるか楽しみです。

また、あまり難しいことは考えたくないという人用にも『ハンドルネーム、点数、コメント』だけでいい投票も受け付けます。こちらは後で修正することは出来ません。

ではひとつよろしくお願いします。

『花男』投票ページへ


『敗北と死に至る道が生活』その226
今日は体調が悪いのであった。中国・香港に行ってから体調が悪い。咳が出る。頭が痛い。もしかして。もしかして。もしかして。風邪?


『敗北と死に至る道が生活』その227
イラクで戦争やっているのに私はこんなことをしていていいのだろうか。インターネットなんか見ていていいのだろうか。風呂に入っていいのだろうか。ましてやイチゴ狩りなんかに行ってもいいのだろうか。『戦争とイチゴ狩り』かつてこの単語が接続詞で結ばれたことがあるだろうか。

しかしながら私がそれらを全て自粛してみたところで何一つ変わらない。どんな人にだって家族があり愛する人がいて親しい知人が居る。一般市民の安全を心配するばかりだ。

しかしフランスもあれだけ反対しておきながら、緊急事態になったら支援するそうだ。なんて格好いいのだ。何に対しても毅然とする姿はうらやましい。私を含めて日本は弱い。総理大臣の決断はその場の雰囲気で決まるらしいから。


『敗北と死に至る道が生活』その228
東京も気がつけば暖房が要らない陽気になってきた。週末には(桜)桜も咲くだろう。暖かい春の日差しに黒いコートは似合わない。新しい白シャツを買った。新品感をとるため無リン洗剤で一度洗った。通販生活で買ったアイロン台と T-FAL のアイロンで丁寧に仕上げた。これだけ聞くと几帳面だと思われるが、袖のボタンやシャツの裾はだらしなく開け放つ。週末には愛車SV400に跨り上野公園にでも繰り出そう。

いつも通りに普通の日々が普通に過ぎてゆく。世界情勢を鑑みれば私の不平不満など取るに足らない。と書いてみたものの不平不満など一切無い。私ごときが不平不満を言えるような身分ではない。日本は平和で私は幸せだ。


『敗北と死に至る道が生活』その229
会社で腹が減ったので自宅に遠隔操作で乗り込んでバナナを喰おうと試みたがだめだった。そもそもパソコン経由では冷蔵庫が開けられないのだし、仮に開けられたとしてもバナナは添付メールで送れないのだ。仮に送れたとしても MIMEエンコードされたバナナなど喰いたくもない。インターネットもまだまだだな。

結局私達は『流通』ということに日々頭を痛めている。例えば古本を買いに行っても目的の本がなかなか見つからない。こんなときはネット上の古本屋で検索すればいいのだが、送料がかかってしまう。『送料が本体を超えてしまうなぁ』などと悩んでみる。結局神田に行くのだって電車代はかかるのであるが。

はじめに断っておくと私はイチゴが大嫌いだ。見た目の派手さと甘そうな誘惑にかられて一口かじってみれば酸味がある。女性に比べて男性は果実の酸味というものに耐えられない。目を閉じて頭を小刻みに振動させてしまうくらい苦手なのだ。ところが現地で直に喰うイチゴは酸味など全く無い。甘いにも程がある。私は30個のイチゴをむさぼり食った。

中でもヘタの下の部分が割れかかっている見た目の悪い奴が一番うまい。『ヘタの下の部分が割れかかっているイチゴ』は流通過程で腐ってしまう。うまいイチゴも流通過程で酸っぱくなってしまう。自宅でおいしいイチゴを食べることは不可能なのだ。結局私達は『流通』ということに日々頭を痛めている。

バナナやイチゴがインターネットで送れる時代。絵空事だと思うが人類は常に不可能だと思われたことを可能にしてきた。フィリピンからバナナを瞬時に取り寄せる。又は自分を添付してフィリピンに送付する。ファイヤーウォールに拒まれて右往左往。ウィルスチェックに引っかかり削除。人生はいつだって危険と隣り合わせだ。


『敗北と死に至る道が生活』その230
先日テレビで、「高速道路を1番乗りする人」を取り上げていた。開通する高速道路を1番で走るというが、そこにどれ程の意味があるのだろうか。

ゾロ目にこだわるという人もいる。

例えば平成4年4月4日の4時44分に四谷で切符を買うとか、
例えば平成5年5月5日の5時55分に五反田で切符を買うとか、
例えば平成6年6月6日の6時66分に六本木で切符を買うとか、
例えば平成12年3月4日の5時6分7秒に八王子で切符を買う。

そういう人が実際いる。かどうか知らないが、私はそういうことに価値観を全く見いだせない。どうするんだろうか。おそらく友人知人に自慢して、「おー、凄いね」とか言われたいんだろう。私には友達がいないのだ。


『敗北と死に至る道が生活』その231
遊びでエレファントカシマシDBのプログラムを流用して椎名林檎DBと甲斐バンドDBを作っていたら、椎名林檎にはわざとタイトルが文字化けして読めない曲があるし、甲斐バンドに至っては同じ曲名で別の曲がある。他の人に提供した曲もあり、カバー曲もあり、今のデータベース構造では全ての曲を網羅出来ない。エレファントカシマシの曲はデータベースに向いている。


『敗北と死に至る道が生活』その232
金本位制だかなんだか知らないが、お金なんか印刷しまくればいいと思うのだが・・・。って小学生みたいなこと言っていられないけど、不景気だかなんだか知らないが、最近飲食費以外の出費が極端に減った。口にするもの以外は買っていない人を目にする。そんな話を耳にする。あなたはどうだろうか。鼻にする?それともへそ? へそピアスって錆びねぇのか。

 生まれたときからクーラーがある生活をさせておいて、「今の子供は我慢を知らない」なんて言われても困るだろうなぁ。と思うと私たち30代は子供の頃クーラーが無くてそこそこ物心がついてからそのありがたみを感じられたのだから一番おいしいところを生きているのかもしれない。外で食べるスイカのうまさとか。もぎたてのトマトを丸ごとかじるとか。畑のメロンにストロー刺してちゅーちゅー吸うとか。

 私は停電になっても生きてゆける。我慢を知らない子供たちの教育の為にも国が停電の日を作るべきではないだろうか。そうすればちょっとムカついたくらいで人を傷つけることも無いだろう。そうだ小泉首相にメールを出そう。「停電の日」を。また祝日が増える。停電の日には空調の効いた部屋でビデオでも見るのだ。なんて幸せなのだ。


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