あやめちゃんを救う会

エレファントカシマシDB 管理人の日記 200207

30th ANNIVERSARY TOUR 2017

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管理日誌エッセイ

『敗北と死に至る道が生活』その37

Viewsicから郵送物が届いた。きっと宣伝か何かだろうと思ったが、なんだかクッション材のような柔かい封筒だった。開けてびっくりエレカシの生写真だった。The Roots の放送後のプレゼントにメールしたものが当ったようだ。滅多にプレゼントなどに応募しない私は、葉書じゃなくてメールならタダで送れる、と思い気軽に送ってみたものだ。発送を以ってなんて言ってて本当に送っているのだろうかと誰もが思うが、ちゃんとやってるようだ。

(桜の木をバックでなく)桜の木のバックに4人が並んで立っている。ただそれだけのモノクロの写真ではあるが、春の陽ざしの静かな午後といった優しさが伝わってくる。何人の人に当ったのか知らないがラッキーだ。



私は果物が大嫌いだ。甘そうに見えてたいていは酸っぱいからだ。裏切らないのはバナナ・メロン程度だ。一番嫌いなのは「プラム」だろうか。何なんだあの皮と身の境目の酸っぱさは。いやがらせか。何故知っているかというと毎日一個食べているからだ。

果実系の糖分は人体にとても良いと聞くので意識して食べるようにしている。一人暮らしなので意識して食べないと何年も果物を食べない状態が続き体に悪いと感じる。

親戚の家にいったら夏みかんが出てきた。私は夏みかんの、あの目尻を若干の涙が伝うような酸っぱさが大嫌いなのだが、無理をしてでも食べるように心がけているので食べた。何なんだあの胃液みたいな味は。何故知っているかというと毎朝胃液がこみあげてくるからだ。

おかげでどこに行っても果物が好物だと勘違いされている。挙句の果てが親までそうだと思っている。たまに実家に帰れば果物をむいてくれる。普段食べないので山ほど喰う。

私はこうして一般的に果物が好きな人よりも多くの果物を食べているのかもしれない。今後何かをばくばく食べている人を見てもそれが好物だからだとは思わないで欲しい。

私は本当は野菜が(好)なのだ。きゅうりやニンジンやキャベツなんかよりも野菜が大好きなのだ。


管理日誌エッセイ

『敗北と死に至る道が生活』その38

『畳は目に沿って、じゅうたんは目に逆らって』これが掃除機の鉄則である。

私はリステリンが好きだ。緑やグリーンのやつじゃなく、茶色いやつでリステリンの中でも最強の奴だ。先日ふと思うことがあり、リステリンの販売会社へ電話をかけた。

私『リステリンを吐き出したあと、水でうがいしてもいいんですか?』
リ『本来の効果を発揮させるにはそのままがいいです』

そう。私はリステリンをやった後、必ず水でうがいしていたのだ。ちくしょう。今まで使っていたのはあまり効果が無かったということだ。こうなったらやけくそだ。飲んでやる。ヘリコバクターピロリ菌も一匹残らず退治してやる。何なんだこのミドルネームを持ったような菌の名前は。

善玉菌だって死んでしまうかもしれない。構うものか。それほど日本人は清潔好きなのだ。


管理日誌エッセイ

『敗北と死に至る道が生活』その39

このページを貸してくれているのは XREA というレンタルサーバー屋さんだ。PHP と DB が使えるのに無料である。セキュリティー対策とかバックアップとか電気代とか水道代など考えたら、何故タダでこんなに良心的なのだろう。広告表示だけで採算合うのでしょうかね。私が心配することでもない。

このページは殆ど PHP で書かれている。PHP は HTML を生成してくれるプログラム言語だ。普通の一般人はホームページビルダーかなんかで画像を貼り付けるとイメージタグが書かれて、それがHTMLファイルになるから、画像とHTMLファイルを契約しているプロバイダのサーバーに転送して・・・・等とやる。修正したい場合はHTMLファイルを書きなおして転送し直す。

・・・と言った一連の作業を一気に自動的にやらしてしまうのがPHPだ。画像は転送しなければならないが、極端に言うと『HTML は存在しない』ので修正しなくて良い。情報は全てDBに入っているからだ。要求した時点でHTMLを作る。コンピュータなので一瞬でファイルが出来あがる。それを今見ているということだ。

一方で人間でないものがこのページを探しにくることがある。検索サイトのロボットだ。夜な夜な世界中のサーバーを探し回って、どこに何があるのか調べて帰っていく。これによって我々が『エレカシ』で検索するとエレカシに関するページを表示してくれる。ひとつ困ったことになる。作者がフレーム表示を前提にしても単ページで表示されてしまう。

そんな訳で全てのページの尻にフレーム用アドレスを追加した。PHP なので1箇所修正すれば全てのページに反映される。楽ちん(V)


管理日誌エッセイ

『敗北と死に至る道が生活』その40

東京を散歩する本を買ってきた。

私はせっかく東京に住んでいながらあまり町をふらつかない。新宿に住んでいながら歌舞伎町には1年に1回行けばいい方だ。散歩するならバイクで出かけてしまうことの方が多かったからだ。おかげで日本中の名所は北海道から沖縄まで殆ど行き倒した。しかし例えば『あなたが子供の頃遊んだ公園』には行ったことが無い。世界貿易センタービルの展望台へは行ったが、『48階』には行ったことが無い。北緯43度、東経150度の水深15mの地点には行ったことが無い。つまり世界中のあらゆる場所に行くことは不可能なのだ。危ないし。

『不可能ならやめてしまえ』とばかり旅をやめた。A型はいつだって両極端な性格である。おかげでひきこもり人生で寝てばかりいる。今こんな調子では老後は冬虫夏草のようなたたずまいになってしまうようで不安だ。

バイクの旅は自由だと言うがそんなことはない。バイクを降りて散歩しても、バイクを置いた場所まで戻らなければならない。徒歩だと行きっぱなしでいい。ふらふらするには交通機関を利用した方が自由だ。

休みの日には電車、バス、徒歩で東京を散歩してみることにした。これから暑くなるというのに。


管理日誌エッセイ

『敗北と死に至る道が生活』その41

最近『(FB)サッカーは格闘技だ』とテレビ(TV)のアナウンサーが言っていたが本当だろうか。私は格闘技と言えばプロレスや柔道だと思うのだが、誰一人『プロレスは格闘技だ』と言う人がいないので、やはり『サッカー(FB)は格闘技』なのかなぁと思う次第だ。

一方でサッカー(FB)は非常に紳士的なスポーツと言われるが本当だろうか。本当に紳士的ならばスーツで戦うし、レッドカードが名刺だったりする筈だ。レッド、イエローだけでなくグリーンカード出されてアメリカに移住させられて暢気(のんき)に暮すのも悪くは無いだろう。

サッカーでファウルは禁止されているのだろうか。禁止されていたらファウルする人はいない筈だ。だから許されていると考えざるを得ない。1試合1度までは許される。2度やると退場。そういうルールなのだからファウルは許されている。しかしどの程度がファウルになるのかは主審の主観にゆだねられている。前半戦は『今日の主審はどの程度か』の探りあいだとも聞く。こうなると選手は主審と戦っているようなものだ。よくわからん。


管理日誌エッセイ

『敗北と死に至る道が生活』その42

最近の(券)チケットは先行予約が多い。何なんだ。

私は手数料と称して小銭を儲けているようで嫌だ。そこで普通に『ぴあ』で取るようにしている。『ぴあ』もインターネットだと郵送手数料とかを取られる。普通に(電)電話で予約して自分で取りに行くやり方だと純粋にチケット代だけで済む。しかもチケットは手元にあるから安心だ。先行だとお金を振り込んでチケットが届くまでなんとなく不安だ。手数料とられて不安なんておかしい。

しかもエレカシのチケットは人気がないから普通に取れる。数百円とは言え先行に惑わされてはいけない。とは言いながらも『野音』だけは特殊なので先行予約した。私は言ってることとやってることが大体において一致しない。


『敗北と死に至る道が生活』その43

あなたはどんな時に年齢を感じるだろうか。私は眉毛に1本だけ異様に長いのがあったときだ(汗)

東京駅から皇居を抜けて北の丸公園から武道館まで散歩してきた。

私は今まで皇居の中には入れないものだと勝手に思い込んでいた。もちろん天皇がいる場所には入れないが、東側の御所は誰でも無料で入れる。広いので入場者がちゃんと退場したかどうかを把握するのであろう。入口で札を渡され、どの出口でもいいから札を渡して退場する仕組だ。

江戸城跡なんかもちゃんと見てきた。私はお城も立派だと思うのだが、石積みだけでも凄いと思う。ジグソーパズルのようにちゃんと形が合っている。私に作れと言われてもとうてい無理だ。

タイムマシンで過去に行けるとしたら何を見たいだろうか。私はピラミッドの建造現場に立会いたい。ナスカの地上絵を書いている場面に立会いたい。UFOは未来から過去を見にきている未来人だという説があるが、本当だろうか。


『敗北と死に至る道が生活』その44

私が勤務している職場でサーバーのバックアップが徹底された。なんでもISOの取得を目指して業務全体を見直しているらしい。こうなると企業は『ISOの取得』だけを目的にしてしまう。『作業の体系的な管理体制、標準化を決め品質目標を明確にしよう』という本来の目的なんかどうだっていいのだ。『ISOの取得』だけを目指すため、管理すべき資料にも『非管理』という印を押して結局管理外に置いてしまう。本当の目的なんか誰も考えていない。

消防署が点検にくるから火災報知器や消火器の周りの物を、その日だけ片付けるといった具合だろうか。

私はサーバーのOSバックアップを任された。世の中『バックアップ』だけは重要な作業だと位置付けられている。しかしいざコンピューターが壊れたらどうするのだろうか。テープデバイスにバックアップした『バックアップデータ』を戻すにはテープデバイスが必要である。テープデバイスを使うにはOSが必要である。そのOSのバックアップはテープに入っている。結局戻せないのだ。

缶詰を開けたいのだけれど、肝心の缶切りはその缶詰に入っている。といった具合だろうか。

戻せないバックアップを取ることに何の意味があるのだろうか。と思いながら自動バックアップに組み込んだ。部長が決めた方針を達成するだけの為に。『缶切りをもう一つ買ってくればいいじゃないか』程度の小言は言われるだろう。『私はパイナップルが嫌いだ』程度の返しは準備してある。


『敗北と死に至る道が生活』その45

ゲームはレベル設定出来るが、映画はレベル設定出来ないのが問題なのだ。

例え話だが、『虎穴に入らずんば』と言えば誰だって『虎児を得ず』と分かる。だったら『虎児を得ず』と言わなくてもいいのではないか。『虎児を得ず』じゃない場合だけ続ければよい。私が映画が嫌いなのは2時間も時間をかけながら『虎穴に入らずんば虎児を得ず』ばかり言っているからだ。ひどい映画だと『虎穴に~入らずんば~虎児を~得ず~』となる。これだけで1時間かかる。

『虎穴に入らずんば』だけで切り上げて次の場面にいけば1時間で収まる。もっと言えば『虎穴』だけで良い。

映画が2時間もあるのは『虎穴』だけで次の場面に行ったら話が分からなくなる人が多いからだろう。映画は最低レベルを基準としている。『虎穴』だけで成り立っている30分程度の映画が見たいかと問われればそうでもない。本が読めれば映画など要らない。
本は飛ばすことが出来る。戻ることも出来る。トイレにも持っていける。しかし映画見ようが本読もうが所詮死ぬのだ。どうだっていい。


『敗北と死に至る道が生活』その46

みずほ銀行のATMでロト系の宝くじが買えるらしい。『当ATMで当選者続出中』と宣伝していた。ジャンボ宝くじで『当売場から一等が出ました』なら話は分るが、ロト系って自分で番号選ぶんだろうに。最近はこういう変な宣伝が多くて困る。『突っ込みどころ』を敢えて含めることにより宣伝効果が増すという具合だ。

モー娘。もそうだろう。シャッフルとか言って、『幸せきょうりゅう音頭 』は世の中を舐めすぎている。つんくの狙いとしては、メンバーに『私こんなのやりたくない』と堂々と主張して欲しいのだろう。そういうメンバーが現れるのを待っているのだろう。

だのに『頑張ります』か何か言うのだろう。がっかりしているに違いないのだ。しかもいざ発売してみたら、結構売れてしまった。つんくは恐らく『日本っていう国は・・・』と思っているに違いない。あんな鼻歌まじりで作曲した曲が売れて、我等が宮本氏が頑張って作った曲が売れないとは何事だろうか。

という『突っ込みどころ』を与えるというのがハロープロジェクトの戦略なのだ。私もこうしてまんまと乗せられてしまっている。


『敗北と死に至る道が生活』その47

『脳天くい打ち』なんかよりも『脳天不意打ち』の方が技としてはかなり有効なのではないか。


『敗北と死に至る道が生活』その48

私は食に興味が無い。『おいしい』とか『まずい』は趣味の領域であると考える。そうは言っても木の皮なんか喰えとか言われた日にゃ困ってしまうのが大いに不本意だ。

関東で定番のカップ焼きそばと言えば『ペヤング』なので全国的なのかと思えば、殆どの日本人は『ペヤング?何それ』なのだ。東京がスタンダードだと思ってはいけない。よく考えたら『ヤング』に『ペ』がついている。なかなか間抜けだ。ところで、カップ焼きそばって焼そばか?焼いてないのに(汗)。

私が勤務している職場は、お茶もお湯も出る自動サーバー(シュンカーと言うらしい)や、熱湯が出る蛇口が整ったなかなかの環境にも関らず、何故か『カップラーメン禁止』なのである。来たときから既にそうなっていたので、何故かは知らないが。ところで、熱湯が出る蛇口はかなり危険だ。本当に熱いのだ。

なので、昼カップラーメンを食べている人はいない。それはそれでなかなか美しい光景なのである。若い学生なら仕方が無いが、サラリーマンがカップラーメンを食べていると、そこはかとなく悲壮感が漂う。どんなに元気な人も『疲れているなぁ』という感じに見える。

カップラーメンには相当の破壊力がある。ある意味(力)パワフルとも言えるくらい。ったってどうでもいい休日なんかは結構便利なのだ。


『敗北と死に至る道が生活』その49

会社でウィルスメールが蔓延し、駆除と防御の対策をしなさいと連絡が来た。

対策
1.被害、加害者にならないようLANケーブルを抜け。
2.ウィルス定義を最新化しろ。
3.ウィルススキャンしろ。

ちなみにウィルス定義はLANにつながないと出来ない。
相当あわてているようだ。あんたの頭を最新化しろ。


『敗北と死に至る道が生活』その50

琵琶湖を見て海ではないと誰が言えるだろうか。私が言える。

(山)富士山の高さはどの場所から測ってそうなのだろう。海抜0mからだろうか。地図で『日本水準点』という場所を発見したが、そこからだろうか。私は本当の(山)富士山の高さを見たことが無いのだ。本当は(山)富士山はもっと高いのかもしれない。

(PC)パソコンの性能が上がって悔しい思いをしたことはないだろうか。私はない。(PC)パソコンの性能が(推)上がっているのもそうだが、自分の性能が下がってきているから相対的に見ればかなりの性能差が生じてしまうわけだ。こうなると老後ボケてしまえばものすごい性能のパソコンを手に入れることも不可能ではない。

こういうのを相対性理論と言うらしい。紀伊国屋に行ったら何故か『菅野美穂お勧めの本』が『(本)アインシュタインの詩集』だったので思わず買ってしまったという訳。


『敗北と死に至る道が生活』その51

こうは見えても私も歯医者で冷汗(汗)をかいたことがある。私の行っている歯医者は、今からどういうことをするのか前もって説明しながら行う。口を開けているので相槌を打つのも一苦労だからやめて欲しいこともあるのだが、まぁ安心する。

ちょっと削るだけと聞いていたので麻酔は無いだろうと思っていたら『今から麻酔を打ちます』と当日いきなり麻酔を撃たれた時だ。覚悟がなかったので少し動揺した。肉体的には全然大丈夫なのだが、精神的に考えすぎて貧血気味になる。貧血になるとおでこにねっとり汗をかく。それが冷たい。だから冷汗か。

ぐったりしてしまった。しかし抜歯するときは前の週から聞いていたので、どうということは無かった。人間は肉体的には大丈夫でも精神的に死んでしまうこともある。子供だったら特にそうか。しかし医者ってのも失敗が許されないという世界だから相当緊張するのだろう。緊張するとミスしがちだ。

そういう失敗を訂正したものを『サービスパック』と称して配れば済むソフトウェア業界。もうちょっと緊張感を伴って仕事しなければと反省してみる。


『敗北と死に至る道が生活』その52

今はパソコンで文章を書く。少し昔はワープロで文章を書いていた。もっと昔は原稿用紙か。いや万年筆だろう。今でもこだわって原稿用紙の方もいると聞く。それにしたって万年筆だろう。

私はこうしてパソコンで文章を書いているが、原稿用紙と何が違うかと言えば、あまり考えずにだーっと打ち込んでしまい、あとから手直し出来るということだ。カット、コピー、ペースト。カット、コピー、ペースト。やれカット、コピー、ペースト。これがいいことなのか悪いことなのか分からない。

原稿用紙だと頭の中でじっくり考えてから書く。昔の作家は一度書いた物を書きなおしたいと思っても少々のことは妥協し、そのままにしたのではないだろうか。ある意味『ライブ一発勝負』といった緊張感の文体と言える。

パソコンだと極端に言えば「段落ごと」入れ替えてしまったりも出来る。どっかのホームページからパクってきて貼り付けも出来る。おかげで話のつじつまが合わなくなったりもする。それでも直木賞取っちゃったりすんだからさぁ。たまったもんじゃないですよ。直木三十五自身は直木賞貰ってないし、芥川龍之介も芥川賞貰ってない。当り前か。

そう言えば私は、万年筆というものを見たことが無い。鶴は千円札、亀は万年筆か。


『敗北と死に至る道が生活』その53

私は横断歩道を歩いている老婆がいたら、おんぶして渡ってやる。くらいの心意気はある。みんなが見ているから蹴飛ばすだけだ。会社でも誰も居ない瞬間に灰皿を掃除している。誰かに見られていたらやらない。偽善的だからだ。

たまたまテレビを点けたら相撲をやっていた。子供のころの夕餉の時間は親父が相撲を見ていたっけ。私は相撲の間合いがよく分からず、つまらないと思いつつも、親父が見ているのだからチャンネルを変えてくれなどと言える筈も無いと、子供心にも思っていた。

当時私が『マンガが見たい』と言い出したとしたら、親父はどうしただろうか。『一家の主が見ているのだから我慢しろ』と言うだろうか。それとも子供がかわいいから『好きなチャンネルを見なさい』と言うだろうか。

『好きなチャンネルを見なさい』と言われて育った子供たちが増えたのだろう。自分の思い通りにならないとすぐにキレる。『やさしさ』って何だろう。


『敗北と死に至る道が生活』その54

ダウンタウンの松本のファッションセンスはかなり正しいと言える。彼の昔のVTRが流されても殆どがスーツ姿だ。もしくはどうでもいい白いシャツ。後で振り返ってみても恥かしくない。

流行というのが格好いいのはその瞬間だけだ。

ミヤジは本当は和服を着たいが、逆に目立ってしまうからいやだと言っていた。そう。男30代。いかに目立たなく生きるか。私もそういう勝負をしている。普通のジーパンを普通に穿く。黒シャツは色褪せないよう、蛍光増量剤の入っていない洗剤で洗う。そこまでしても、いつも同じ服を着ていると思われる。私は黒い服しか持っていないからだ。誰かが突然死んでも安心。


『敗北と死に至る道が生活』その55

洗濯機が無かった頃の主婦は洗濯だけで1日かかってしまったことだろう。そんな日は汗だくだ。そうすると明日も洗濯だ。夏になると毎日洗濯している気がする。こうなると洗濯するために生きているのか生きるために洗濯をしているのか分らないこともない。洗濯するために生きている訳が無い。じゃあ生きるために洗濯をしているのかと問われればそうでもない。それ程取るに足らないような洗濯。

それでいてかなりの部分で生活に喰いこんでくる。おそらく10%くらいは喰いこんでくる。世界中の人が何らかの形で洗濯に関っている。それでいて洗濯はあまり評価されない。ユニクロあたりが『洗濯の要らない衣類』を開発してくれればいいのだ。汗をかけばかく程衣類が綺麗になっていく衣類。おそらくバイオテクノロジーを駆使すれば出来るのではないか。

もし出来たら私が一番初めに言いだしたんだということを忘れないで欲しい。


『敗北と死に至る道が生活』その56

以前は洋楽ばかり聴いていたのだが、最近は邦楽ばかりだ。

最近買った洋楽と言えば Red Hot Chili Peppers くらいなもので、それ以前となれば既に思い出せない程に買っていない。NIRVANA 以降の洋楽に興味を失ってしまった。NIRVANA のカート・コバーンが醸し出す、破壊的でありながらもどこか悲しい独特のコード進行を体験した後は、全ての音楽が色あせて聴こえてしまう。私は NIRVANA で終れてどこかホッとしているのも事実だ。趣味が多いとお金がかかるからだ。

宮本氏の作品にも NIRVANA を感じる。敢えて1音♯してしまうようなコード進行。ちょっと心許ない弾き語り。叫び。ちょっと突付いたら張り裂けそうな緊張感。この年になると、きっと私の邦楽はエレカシで終われるのだろう。それは凄く幸せな死に至る道だ。

と言いながら今日は井上陽水を買ってきた(汗)『森花処女林』。やっぱこの人は天才だ。


『敗北と死に至る道が生活』その57

紙の安心感ったらない。

事務がOA化されて紙の使用量が減ると言われたが、むしろ増えている。プリンターという紙を何枚も吐き出す装置がOAの一部なのだから仕方が無い。手書きでは不可能なくらいの情報量を吐き出す。間違えたってなんだって吐き出す。お前は酔っぱらいかと言うくらい吐き出す。

しかし電子情報というのはなんとももどかしい。画面で見れば済むものを一旦紙に印刷してからの方がじっくり見られる気がする。ディスプレイと紙は何が違うのだろう。

ディスプレイでは尻が拭けない。鼻がかめない。と、人は言う。じゃあ尻が拭けるディスプレイが出来たとしたらどうだ。誰もディスプレイで尻など拭かないのだ。

紙の安心感ったらない。


『敗北と死に至る道が生活』その58

ハチミツ魔女湾。

どういう事情だか知らないが PUFFY がアメリカでライブをやっているらしい。アメリカのメディアから『歌詞の意味が分らない』と酷評されていると聞く。アジアの純真のことだろう。白のパンダをどれでも全部並べる話だからだ。英語に直訳して歌ったらしい。『意味の無さ』を伝えるには訳さないと伝わらないからだ。 PUFFY のもち味である『やる気の無さ』はどうだったんだろうか。もしかしたら彼女達自身が『頑張ってしまった』のかもしれない。それじゃ何も伝わらないのだ。

陽水の歌に意味を求めてはいけない。


『敗北と死に至る道が生活』その59

私はエレベーターとエスカレーターがどっちがどっちだか一瞬考えないと分らない。恐らく縄文人はこんなことに悩まされずに生活していた。

私は常に『あらぬこと』を考えて行動している。クレーン車が作業をしていれば、こっちに向って倒れてくると思うし、ビルの窓掃除している人がいれば人間又は作業中のバケツ等が落ちてくると思う。エレベーターに乗れば落ちるどころか、何者かが下に竹やりを仕掛けてエレベーターが着地する瞬間床から竹やりが突き出てきて、串刺しにされてしまうと考える。

これは、私が生命保険に入っていないことに起因しているのではないかと思う。だから注意深く生きているのだ。ひとたび入院でもしたら大変なことになる。生命保険とは自分の生命に関するギャンブルだ。私はギャンブルが嫌いだ。


『敗北と死に至る道が生活』その60

大阪でワン切り業者の回線が停止されたそうだ。私にもかかってきたことがある。念のため公衆電話からかけなおして確認したから間違いない。NTTが勝手に停止しただけで法的規制は無いのだそうだ。電話をこんな風に使われるという想定は無かったのだから法律を見直さないといけないと、テレビで言っていた。

しかしこの近未来であらゆることを法律化するのは無理なのではないか。いたちごっこである。いたちごっこで狸寝入りならば人間はどうしたと言うのだ。

法律が何から何まで決っていれば裁判官など要らない。逆にいえば法律が明文化されているから『だったらこの場合はOKだろう』と盲点を突く。法律なんか、いっそのこと無ければいいのだ。『おかしなことはその都度処罰する』の1文だけで済むのではないか。網が無いのだから盲点すら存在出来ないという画期的な法律だと思うのだが。


『敗北と死に至る道が生活』その61

BRIDGEを読んだ。大体『評論家』なんていう職業はよく判らないのだ。自分で出来ないくせに評価するとは何事だ。批判するんだったら渋谷陽一が自分でバンド組んで、『やっぱり言うだけのことはあるな』くらいのおとしまえをつけて頂きたいものだ。

日曜日朝だったと思うが、張本勲と大沢親分が『喝』を入れる番組があるが、野球のことに対して『喝』を入れる権利はあるが、あんたらが何故サッカーにまで『喝』を入れてんだ。よくわからない。

なんだかナンシー関みたくなってきた。いかんいかん。


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